最初で最期の恋心





どうしようもなく悲しい気持ちに浸ったとき、人は一体なにを求めるのだろう。誰かの温もりだろうか優しさだろうか、同情だろうか励ましだろうか。いやそれとも、ある特定の人からの愛、なのだろうか。


俺はぼんやりと暗闇を眺めていた。黄色い黄色い真ん丸お月様が虚空にぷかりと浮かんでいる。ぼやけ霞んで見えるのは、多分、雲掛かっているせいだ。

脇に置かれていたお猪口に手を伸ばし、ぐいっと呷った。それは山崎が置いてくれたものだった。


ならば俺は、一体どうすればいい。なにを求めればいい。

俺が愛されたいと思う人はもういない。あいつがきっと俺の特定の人、だったのに。



「沖田さん」

「何でィ、また来たのか」

「はい。あ、呑んでくれたんですね」

「あァ、普通に旨かったですぜ」

「良かった。これでほろ酔い気分になって沖田さんが少しでも眠れると、いいんですけど…」

「は?お前そんなこと気にしてたんですかィ?」

「だって沖田さん……、」



日に日に目の下の隈が増えていっている。それは、山崎に突き付けられるまで気が付かなかった事実だった。

確かに眠れていなかったけれど、それは寝たくても眠れないのではなく、寝たいという欲求も忘れてしまっていたから。



「言われてみれば……。そういや最近、寝てねェかもなァ」

「もう、何でそんなに他人事なんですか!」

「何で、でしょうねィ。ただ、あの人のこと考えてたら、自分のことなんてすっかり忘れちまってんでさァ」



俺の苦笑まじりの言葉に、山崎ははっとした顔をして、それから苦虫を噛み潰したようなそんな苦しげな表情をした。


山崎は何だかんだであいつを慕っていた。いや、山崎だけでない。この真選組そのものが、あいつ――土方十四郎、という存在を愛していた。

俺なんかとは比べ物にならない大きな器を持った人だった。近藤さんのそれとは全く類が違うけれど、群れを嫌っているくせしてあいつの周りにはいつだって、あいつを慕う人間で溢れていた。



「……惜しい人を、亡くしましたね…。あれからもう、一週間ですか」

「まだ、一週間だぜ。隊内の士気は下がりっぱなし。近藤さんもずっとあの調子で参っちまいまさァ」

「あの時――爆破事件の時の首謀者、以下二十余名は、今日でやっと全員捕らえられましたよ」

「知ってまさァ。山崎ィ、どの隊の管轄だと思ってんだ」

「あ……そう、でしたね」



あの時、いてもたってもいられなくなって駆け出した俺に、全てを任せてくれたのは近藤さんだった。自分も同じ気持ちなくせに抑え込んで、次狙われるのは屯所だと守りを固めて。そして唯一一番隊だけが、土方さんの最期を見届けたのだ。


やっぱり、土方さんは散ったんだなあって、俺だけが再確認した。最期まで敵を蹴散らし刀を携え、熱で溶けたボロボロの隊服を身に纏って逝ったあいつは、どこまでも格好良く。どこまでも剣士らしかった。

そして駆けつけた俺の姿を認めて真っ先に口にしたのが、総悟、無事か、だなんて馬鹿じゃねェの。お前がひとりで真選組を守って、ひとりで勝手に逝くんだろ。



「ひ、じかた、…さん」



とうとう俺の頬を生暖かいそれが伝い落ちた。雫はぽつりぽつりとお猪口に落ちては、波紋を広げた。ああやはりそうだったのか、月が滲んで見えたのはこいつのせいだったのか。



「お、沖田さん…?」

「山崎ィ、俺ァ……」



言いかけてはっと息を呑んだ。ぎょっとして心配そうに此方を覗き込む山崎の顔は、どことなく優しさで満ち溢れていた。


俺は虚しいのだろうか。

俺は寂しいのだろうか。

俺は悔しいのだろうか。


自分の気持ちが分からなかった。最期まであいつに素直になれなかった俺は、今もまた素直になれずにいる。しかし今までと確実に違うことと言えば、認めたくないのは意固地になっている訳でなく、現実を逃避しているから。


好きだった、どうしようもなく、好きだったんだ。

愛してる、何度も何度も土方さんは俺にそう囁いてくれていたのに。俺は頷くでも笑うでもなく、ましてや俺も愛してるだなんて口が裂けても言えなくて、いつだってそれを受け流して来ていた。しかしそれでも土方さんは頬を染めてぶっきらぼうにそう、紡いでくれていたのだ。俺のすべてを見透かしたように、俺はお前を愛している、と。



「泣きたいだけ、泣いていいですよ。俺達はもう十分過ぎるくらいに泣きましたから」



あとは沖田さんだけです、と微笑んでくれる山崎の心が温かかった。俺が無意識に押し殺していた声を吐き出せば、そっとしなやかな腕で抱き寄せてくれて。だから俺も安心して、山崎の胸で泣いた。おでこをぐりぐりと押し付け、張り詰めていた糸が弾けたみたいに泣き続けた。

何度も何度も繰り返し叫ぶ、もう俺を抱き締めてはくれない、あいつの名前。


俺は沖田さんが心配なんです、とそう言った山崎は、それを静かに聞いてくれていた。



「沖田さん。…俺じゃあ副長の代わりにならないかもしれない」

「山、崎……?」

「けど、これからは、俺があなたを支えます」



山崎の力強い声が俺の心を揺さぶる。ぎゅっと、抱き寄せられていた腕に力が込められるのが分かった。悲しい時は目一杯泣いていい、そう山崎は俺を甘やかしてくれていた。

優しくて、温かくて。ああ、そうか。こいつも俺を愛してくれている。


どうしたって土方さんの代わりなんて見付かる筈がない。この悲しみを埋め尽くしてくれる存在はもういない。俺が、一番求めていたものは――。

静かに目を瞑れば、雫が零れ落ちた。



「山崎……、ありがとう、ごぜェやす…」



今までもこれからも、あいつ以外を好きになれる気なんて更々しない。しかしそれでも今だけは、この温もりとその優しさに甘えていたいと思った。




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