哀してる?愛してる?





愛したい、愛されたい、――純な欲求は無限のループを描き続ける。こんなにも愛しているの。私が幾度となく投げかけた熱い視線に彼は気付いていないのか。さては、気付かない振りをしているだけなのか。望みとは裏腹に、彼は私の愛を無造作に扱う。


愛されない、愛してくれない、――暗闇に光の欠片を投じる。輝きは還っては来ない。それでもいつか、何時かは星屑の海になりますようにと。無の闇に希望の心を浸し続ける。喩えそれが一方的な愛だとしても。



「空回りしてばっか、だ」



彼は、神田はきっと、知らないのだろう。いっとう彼を好いている人間が側に居るということを。私がどれだけ想ったところでするりといとも容易くかわしてしまうのだから。

恋することがこんなにも哀しいことだなんて、知らなかった。愛すれば愛するほど深い藍色が私を覆い隠してゆく。――もう何度目かわからない涙が、ポタリ、零れた。



「馬鹿みたい、……やめちゃえば、いいのに」



やめてしまえれば、よかったのに。



「やめらんないほど、愛しちゃったのが、いけなかったのよ、きっと」



ぽつりぽつりと紡ぎ出す独り言に自嘲する。分かったところでどうにもならない、そんなのとっくに気付いてたよ。


隙間風が冷たい。私は時計を見上げた。もう七時を回っている。あ、と思った。神田の声が蘇る――『忘れんなよ、七時丁度だぜ』、出掛ける約束をしたんだっけ。

けれど立ち上がることは出来なかった。泣き疲れて酷い顔を見せられる筈がない。それに何より、今神田に会ってしまったら――自分でもどうなるか、わからなかった。きっと感情を抑えられないだろう。


しかし非情にも、無機質な扉はノック音をたてた。



「おい、姫、いるんだろ」

「……」

「てめえ、忘れたとは言わせねぇからな」

「……」

「………おい?」



まずいと思った。鍵を締めていない。待って、私は小さく叫んだが、扉は意志とは関係なく開かれた。

部屋は真っ暗だ。神田が怪訝そうな顔をして此方を向く。私は固まったまま彼から視線を逸らせなかった。闇の中で瞳が一瞬だけ光り、薄気味悪い。そしてベッドに座り込んだまま動かない私に彼は近付いて来た。



「どうした」

「……何でもない」

「、泣いてたのか」

「ちがうっ!」



私は布団に顔を埋めると、震える声を絞り出した。

お願いだから、こっちに来ないでよ……っ。


神田の歩みがぴたりと止まった。暫し安堵すれば、しかしゆらりと伸びて来た長い腕。ぴくりと反応した私の髪に触れるそれは何よりも温かくて――。


神田と居ると可笑しくなる。身体がまるで自分のものでない、異物のようで。心臓の鼓動も頬の熱さも、異常なんだ。胸が締め付けられて、瞳に滲む液体だってもう訳が判らない。

身体も心もめちゃくちゃに掻き回されて。兎に角全てがおかしい、んだよ。



「神田なんてっ、神田なんて…――好きにならなければ良かった、のに……」



言ってしまえば最後、この生温い関係は崩れてしまう。そう思って守って来た理性の壁を、彼はどんどん打ち壊してしまって。



「報われないのに、辛いのに、いいことなんか、何も無かったのに、」



想いが膨らんで、はでた。

とどまることを知らない愛が暴走して、胸を突き破るから――私は無我夢中で叫んでいた。



「好き、なの……っ」


神田が、好き、なの――!



涙はもう出なかった。無性に喉が乾いていた。身を放り投げたみたいだった。ついに言ってしまった、んだ。

僅かな沈黙に私は布団を抱き寄せた。闇に呑み込まれる、やはり光は還っては来ない。



「何か、言ってよ」

「――…悪い、」



どくり、激しく波打つ。ほら、ね。だから、もう。



「抱き締めさせろ」

「………え?」



刹那、私を包み込んだ温もりは紛れもない、神田のもので。散らばった破片を拾い集めるように、神田の両腕が私を閉じ込める。情熱的で優しい抱擁。

私が大きく瞳を見開き、ゆっくりと顔を上げれば――触れるか触れないかの距離で、唇の駆け引き。耳まで赤く染めた神田が難しい顔をして笑っていた。



「つーか何でお前が先に言うんだよ、ありえねぇ」

「え、え……?」

「今日俺が――…チッ、うぜぇ。……おい、姫。一度しか言わねぇからな」




彼の言葉がいま、叶える、私の密やかなる望み。

諦められるような簡単な恋なら、もうとっくに、終わってたよ。闇に託した光は、それまでの何百倍もの輝きで浮上した。






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