幸せで満ち溢れるように





夜の帷が下り、静寂がすべてを包み込んでいた。ざり、ざり、靴底が砂を踏む音がして私は振り返る。案の定、誰よりもよく見知った顔に投げ掛けた。



「こんな時間に呼び出して、何のつもりよ?」



私を呼び出したそいつ、ティキを、訝しげに見れば、何とも真意の分からない表情で笑っていた。それが何だか癪に障って、私はムッと口を尖らせる。

そんなこともお構い無しに距離を詰めると、ティキは私の長髪に触れた。さらり、流れる。



「ふーん、姫の髪って本当に闇色なんだな。周囲に溶け込んで見えねェよ」

「染めたりとか、面倒」

「あぁ、それお前らしい。でもいいんじゃない?オレ、お前の髪すきだし」



不意打ちだとばかりに、私の身体を熱が駆け巡った。芯から溶けてしまいそうに。頬が火照って仕方無いけれど、この暗がりならバレていない筈だ。

特に特別な感情が籠もっていた訳でもないのに。好き、たったその一言だけで胸が高鳴る。揺さぶられる、――期待、してしまう。ズルい。ふふんと鼻歌混じりに簡単に言ってのけたティキを、心底恨めしく思った。



「ん?何で睨まれてんの、オレ」

「…っ、何でもない!」

「そう?ならいいけど。……あ、さっきの答えね、たまにはこういうのもいいかなって」



私の髪から、そのまま指先を下へ下へとなぞりながら下ろして行く。そして疑問符を浮かべたままの私の手のひらに触れ、きゅっとそれを絡めて来た。

驚いて思わず解こうと仰け反るけれど、するとより強く絡められて。



「夜の散歩、……確か、姫は好きだったよな」



にこり、ティキが微笑み。私は引かれるがままに歩を進めた。梟が遠くで鳴いている。夜の不可解なテンションに流されていた。どこか甘い雰囲気に正常な思考は搦め捕られてしまう。

どうして私の好きなことを知っているの、とか。ティキは私をどう思っているの、とか。普段なら思いもしない欲求が次々と湧き出て来て、止まらない。


ぴたり、突然歩みを止めたティキに、上の空だった私は思い切り鼻頭をぶつけた。痛い、鈍った感覚が戻って来る。



「……姫ってさ、バカみたいに分かり易いよな」

「何それ、貶してる?」

「いや。そういうんじゃなくて………お前、オレが好き?」



何てことを言うんだ、私は目を見開いて頭上を振り仰いだ。そして更に驚かされた。

星灯りが薄らと照らす、彼の表情が、余りにも真剣だったから。それは今までに一度だって見た事がない。笑っているのだけれど笑っていない口許。寂しそうな、けれど慈しむような瞳。愛し、愛でるように私に触れる。――それは、まるで。



「誕生日、おめでとう」

「ど、して、知ってるの」

「オレがお前のこと好きだからだよ。……ねぇ、さっきの質問。答えてくれねぇの?」



そうやって、何時だってティキは私の心を呑み込んでしまう。心臓が可笑しなくらいに音を立てていた。好き、だよ。こんなにも好きなんだよ。

私はティキの背中にしがみつく、ティキはやはり私の髪を撫でていた。



「そう、私誕生日なの。だからひとつだけ、我が儘……聞いてくれる?」

「ひとつだけとは言わず、毎日だって聞いてやるぜ?」



ティキが笑うから、私も釣られるようにして笑みを浮かべ。



「――私を、あいして、」



全てを紡ぎ終わらない内に、ガバッと振り向き様に抱き締められた。しっかりとしがみついていた筈なのにいとも簡単に解かれて。その力強さに圧倒される。けれど、やはりティキはティキだ。

私の鎖骨に顔を埋めると、唇を宛がって。柔らかな感触とひんやりとした、それでいて暖かな温もりにドキリとした。ティキの匂いに包まれて、愛の香りに色めき立つ。



「……言われなくても、ずっと愛してたよ」



太股をなぞる指先に熱が籠もっているのが分かった。ただ触れられただけなのに身体中が汗ばんで、つつっ、指先は下着に触れた。不思議と高揚感に包まれ受け入れてしまうのは、彼を信じているからだろう。

その間にも首筋を舌は這い続け、ぬめりとした感触に頬は火照った。強弱をつけて吸い付かれると鬱血が白肌に滲む。


あ、ティキもドキドキしてるんだ――。


ふたつの心音が心地好かった。熱に押し上げられ気付くこと、徐々にティキの一部が私の中に入っている、それだけで幸せだった。何て素敵な誕生日プレゼントだろう。肌と肌を重ね合わせる度に思う。

――わたし、は。



「ティキ、大好き……だよ」



俺も…、そう嬉しそうに微笑んでくれる彼が愛しくて愛しくて堪らなかった。






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