其の色の中でだけ、生きることを許された





月明かりが木々の隙間から零れ落ち、地面に描かれた水溜まりで弾けた。ゆらりきらりと微かな光を放つそれ、醜い。

だって美しい筈も無いだろう。水溜まりは赤黒さだけに支配されていたのだから。



「うーん。私って、何の為に生きてるのかな」

「何だよそれ。自問自答?それとも、俺に答え求めてる?」

「さあ、どうだろう」



自嘲気味に笑みを零す私に、彼は少しだけ困ったように眉を顰めた。しかしそれから何事も無かったかのように、にんまりと子供染みた笑みを浮かべて。



「俺に愛される為に生きてんだよ、姫は。……だろ?」

「模範解答ありがとう」

「はあ。つれねぇな」



私は呆れたようにティキの頭を小突き、徐に立ち上がった。


眼前に転がっているのは、つい先程までヒトであったもの。今は赤で塗りたくられていて、見る影も無い。せめて、と辺りに咲いていた野花を手向けた。矛盾、だって殺したのは私だ。そしてまた、自嘲。

何も敵に情けを掛ける必要は無いと、彼は私を否めた。



「こいつも、何の為に生きてたんだろう」

「んなのお前は考えなくていいことだぜ?」

「でもさ。戦って、殺されて…虚しい、だけじゃん」



許されることなら大声を出して泣いてしまいたかった。

そうだ、虚しい。戦争に何の意味がある、勝った先に何が残る。私は人間が嫌いじゃなかった、だから尚更、虚しい。沢山の命を奪った自分は罪にまみれただけだ。

見える光はいつしか全て赤黒く染まってしまった。眩しくも何ともない、綺麗などとは微塵も感じられない。濁った目では血の色を通してでしか世界を見れなくなった、張り付いた赤。


押し黙った私を、ティキは心配そうに覗き込んだ。そんな目で見ないで、泣きたくなる。悟られぬようにと繕い笑めば、



「自分の為、じゃ駄目なのかよ。それでも意味が欲しいなら、俺の為、でいいだろ」

「ティ、キ……?」

「大丈夫。姫の生きる理由が見付かるまで、俺が隣にいてやるからさ」



ティキから落ちて来る、柔らかい唇。噛み付くようなキス。


少なくとも、俺はお前が居ないと生きていけそうにねぇから。そう紡いで、前髪を邪魔そうに掻き上げた彼。ずくん、と胸が疼く。そうか、そうだった。


私を見詰めた瞳はどこまでも澄んでいて、掴んだ腕はどこまでも力強くて、そう笑った顔はどこまでも悲しかった。

つまりは私も彼と同じなのだと思う。結局彼も、私と同じ。



「何の為、なんて今更だったね。もうとっくに見付けてた、ずっとここにあったのに」

「ここ?」

「うん。……私、ティキのこと好きかもしれない」

「は、?」

「それも、ずっと前からね」



優しくされる度に心が浮ついて、笑い掛けられる度に胸が騒いで。気付かない振りをしていただけ、家族愛だと思い込んでいただけ。本当は、本当はずっと前から、一人の異性として好きだったのだと今更気付く。



「お前、それ……このタイミングで言うことかよ、普通」



呆れたように笑う彼の口許は、確かに綻んでいて。



「で、分かったんだ?」

「ん。私はティキの隣にいる為、生きてる。…それで、いいのかなって」

「あぁ。上出来だぜ」



この世に不変のものなど無いかもしれない。愛も移ろうものだろう。だがそれでも、この淀んだ瞳が捉えた、絶対。この目を通しても唯一赤に染まらなかった、それ。


漆黒が風に靡く。此方を見て、愛おしそうに歪んだ双眼。

温もりを湛えた闇が、私をふわりと包み込んだ。






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