溺れ狂うは君のため





最愛の人はただ、絞り出すようにごめん、とだけ呟いた。


眉尻を下げ情けない程ぐちゃぐちゃになったその顔。

生暖かい雫が溢れ出す瞳は、途方も無い悲しみに暮れていて。



「どうして、そんなに悲しそうな顔をするの?」

「だって俺、こんな形でしかお前を愛せないんさ…」



ラビの声は掠れていた。

そんな彼と向かい合う私には、膝より下の足が無かった。


優しい彼のことだから、きっと自分の不可解な感情と行動に酷く悩み苦しんだことだろう。

人間の愛し方を知らないのではない。

人間を愛し過ぎてしまったのだ、彼は。

たった一人のために、そう、私の所為で。


私はありがとう、と微笑んで彼の頬に手を伸ばした。

温もりに触れたい、けれど届かなくて。

もどかしくなるだけだった。



「ありがとう…?俺が憎くないんさ?だって俺は姫の足を、」



首を捻りながら、ラビは必死に手を伸ばす私の方へと歩み寄った。

すっ、肌と肌が触れ合う。

私はラビの温もりを、ラビは私の温もりを確かめ合って。


「ラビにこんなにも愛して貰えるのよ?これ以上の幸せなんて、有る筈がないでしょ」

「あぁ、愛してるさ。俺には、お前さえいてくればいい」

「嬉しいよ、ラビ……」



熱視線が絡まり合う。

自然と吐き出された声にも僅かな熱が籠もった。


胸が抉れてしまいそうな程に、私はラビを愛していた。

パックリとこの肌を切り裂けば、彼だけの為に鼓動しているこの真紅の心臓を見せられると云うのに。

それは彼が望んでくれないから、嗚呼非常に残念だ。


そうして離れたラビの指先が、先程まで私の一部だった、長細い何かに当たった。

赤くドロドロした液体をひとすくいして舐め上げる。

彼の口元を赤く染まった舌が這いずり回るから、その艶やかな光景に私はうっとりと見惚れてしまって。



「これで姫は、俺無しでは動けなくなったさ」

「うん」

「俺以外の目に、ふれることもなくなった」

「うんっ」

「お前は今から、俺だけのものさ、……なぁそうだろ?」

「うん…っ!」


興奮した、とても。

ラビの望むことが私の望む全てだった。

ラビに愛されることが私の生きる理由だった。

クスリ、まるで秘密を二人だけで共有するかのように、悪戯で餓鬼っぽい笑みを浮かべ合う。

それと同時に、脈拍上昇。

火照った顔に首に指先に甘く痺れる口付けを施された。



「こんなにも満たされた気持ちになるのは、姫が居てくれるからさね」



薄暗い室内が緩やかな風に吹かれて、ゆらゆら、橙色の髪が静かに揺れた。

私だけが何時までも永遠に眺めていられるこの景色。

何て幸せなこの時間。


世が狂気に駆られた愛だと恐れたとしても、私と彼にとってはこれが極々自然な愛だった。






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