瑠衣の容態が安定した、近藤さんからその知らせを聞き、俺は現場そっちのけで駆け出した。
彼女が目を覚ました瞬間、一番に笑い掛けるのは俺であって欲しくて。
「……瑠衣っ…!」
初めは、何かの冗談かと思った。
そうでなければ、至上最悪の悪夢。
しかしどちらの希望も絶たれ、血塗れの彼女が瀕死の状態で運ばれてきた時には、憎しみと悲しみで気が狂ってしまいそうだった。
夜討ちは、一番隊の隊士数名と三番隊で行われた。
夜更けに攘夷浪士の意見交換処と化した宿に乗り込み、たった数人の敵を斬るだけの、割合簡単な討伐の筈だった。
しかし誤算だったのは、浪士が幾十人にも増大していたこと、現場に宿の子供がいたことで。
何とか応援に駆け付けた時には、もう辺りは血の海だった。
俺は誰よりも早く現場に駆け付け、残る全てを斬り伏せた。
始めからこうしておけば良かったのだ、瑠衣を守れなかった事が悔しくて仕方無い。
しかしこんな結果は誰も予想していなかったし、勿論誰も望んではいなかった。
だから彼女を配置した土方をどれだけ恨んだところで、俺にはどうすることもできない。
それは不当な感情だと分かっていたから。
「――総悟!早く来てくれ、ほら、お前が一番瑠衣の側にいてやってくれよ」
「近藤さん…、あいつは、」
「大丈夫だ、心配すんな。総悟の声ならきっと瑠衣にも届く」
いつの間にか屯所に着いていると、真っ先に俺の元に駆け込んで来たのは近藤さんだった。
不安げな俺の顔を見ると、大丈夫だと今にも泣き出しそうな顔で笑ってくれて。
だから俺も、その顔無理ありやすぜ、と心の中で笑ってやった。
そう言えば、馬鹿が付くほど正直なこの人を、馬鹿が付くほど直向きに慕っていたのは誰だったっけ。
俺はふと考えて、やめた。
悲しくなるだけだ。
「瑠衣、あんま寄り道してっと先行っちまいやすぜ?ほら、早く戻って来なせェ」
俺は近藤さんに促され、瑠衣の前に座ると真っ先にそう言ってやる。
血の気の失せた肌を撫で、その冷たさに驚愕した。
思わず叫び、飛び退きそうになるのを寸でのところで抑え込むと、俺は大きく深呼吸をする。
可笑しいだろう、彼女の肌は何時だって温かったのに。
しかし顔は可愛いままで、ただ寝ているだけのように感じてしまう。
どれだけ聴覚を働かせど、寝息は聞こえてこないけれど。
「…瑠衣の居場所は、此処だろう?俺もあんたも、此処が生き甲斐なんだろう?」
そこまで言って、俺は唇をキツく結んだ。
そして、彼女の隣に同じように寝かされていた刀にそっと触れてみる。
それは有り得ないが、ほんのりと熱を持っていた、気がした。
存在しない存在
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