僕には誰にも相談できない、僕だけの秘密がある。

そもそも相談なんて柄でも無いし、誰かに話したところで笑われるか信じて貰えないか、のきっとどちらかだろう。


――何故なら僕は、人を好きになってしまったのだから。


この並森最強の風紀委員長が、だ。

一匹狼で、愛とは無縁の生き物な筈だった。

人を憎みこそすれども、好きになるだなんて夢のまた夢のような話だったのに。



「全部、姫のせいだよ…」



僕はポツリと小さく言葉を零した。

目にかかった前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら。


十二月の空はどんよりと暗みを帯びている。

灰色に近い暗雲が窓の外を浮遊するから、僕は自然と溜め息を漏らしていた。



「好き、って何なんだろうね。……君は僕が、すき?」



僕の声は誰も居ない応接室に、虚しく響くだけだった。


もどかしくて堪らない。

時々胸がギュッと苦しくなって、傷も無いのに痛い痛いと心が疼く。

かと思えば、突然ふわりと気持ちが軽くなり、笑い出したい衝動に駆られるのだ。

この僕が、彼女を愛らしいと思ってしまうのだ。


人々はこの感情こそを恋だと呼ぶのだろう。

僕はおそらく、彼女を好いている。



「僕は、姫に、恋をしてる」



心の奥底にくすぶっていた感情を復唱してみた。

脳裏に浮かぶ姫の横顔。

やけに鼓動がうるさいのは気のせいだろうか。


ドクン、それは彼女の名前を呼ぶ度に高ぶる。

ドクン、それは彼女の笑顔を思い描く度に熱くなる。

ドクンドクン、何度も脈打つそれは決して止まる事はなくて。



――コンコン、



ふいにノックの音がして、僕の指示も仰がずに扉は開いた。

そんな事をするのは、決まって一人しかいないのだけれど。



「恭弥」



ぶわり、開けた扉の隙間から雪が室内に舞い込んで。

その中央に佇む彼女の白い肌は、笑みは、余りにも綺麗過ぎて。

僕は言葉を発することさえできなかった。

瞬きすることも呼吸をすることもままならない。


それ程までに、白雪に包み込まれた姫は美しかった。



「恭弥、どうせ暇でしょ。一緒に帰らない?」

「…それより。室内に入った雪、どうにかしてよね」

「もうっ、それは私じゃなくて廊下の窓を開けっ放しにした人に言ってよ」



乱されたペースを元通りにしようと、僕の思考回路はフル稼働した。

ぷくうと頬を膨らませる彼女に、いつも通りの余裕の笑み。

それから僕は静かに席を立つと、その手を引いてやる。



「ほら、帰るんでしょ?」



僕を見る、姫の瞳。

嬉しそうに口元を綻ばせ優しい眼差しを向けてくれる、――純粋。


姫を見る、僕の瞳。

そこに込められた本心を彼女は知らない。

僕だけが知っている、伝えるべきかも分からない気持ちを閉じ込めた、――偽り。


しかし本当の美しさを知っているのは、いつの間にか誰よりも彼女を追い掛けていた、この僕だった。





呼吸を忘れて君を見る




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