ジャラリ――…重々しく鳴り響いたそれが、鎖の擦れる音だと理解したのはつい先程のことだった。ポチャリ、水滴が落ちる。小さく反響した、ここは恐らく閉め切られた小部屋であろうと聡明な彼は推測する。

辺りを見渡そうにも視界は布か何かに遮られており、声を出そうにも渇き切ったそれは小さく掠れ、ただ呻くことしか出来なかった。



「…く、そ……っ」



――失態だ。

不覚だった、と。歯を食いしばり土方は己の情けなさに悔いた。自分は捕らえられたのだ、あろう事か敵方に。取り返しは、つかない。


その事実に漸く頭が付いて来た頃、甲高い音を立てながら鉄の扉が開いた。

土方は唾を呑み込み身を堅くした。喩え何があろうと真選組の内情を吐くつもりは無かった。コツン、コツン、と一歩ずつ近付いて来る足音にぞっとして、こめかみに冷や汗が伝う。悪寒。どうすればいい、せめて刀さえあれば良かったのに。



「よォ、漸く目が覚めたか」

「……てめぇは…」

「ククッ…鬼の副長ともあろう者が、とんだ失態をしでかしたもんだなァ」

「るせェ、――高杉、晋助」



確認するように、敵方の大将の名前を呼ぶ。沈黙は肯定の意なのだろうか。どうせ間違いようも無かったけれど。


はっ、余裕ってか。


瞳は開けていようが開けていまいが、関係無かった。今すぐにでもこの視界を覆い尽くす闇を剥ぎ取り、眼前で嘲笑しているであろう男を睨み付けてやりたい。土方は苛立ちの衝動に、駆られた。



「何故てめェがここにいる?」

「…ンな噛み付いてくるなよ。折角の顔が台無しだぜ」

「質問に答えろ!うちの監察の情報は確かだ。高杉、てめェは今京に居る筈だった…!」

「はっ、その情報が誤っていた。それだけだ。だから俺は今ここに、土方の目の前に居る。そうだろ?」



高杉は土方へと手を伸ばすと、その頬へと手のひらを滑らせた。肌を一撫でした後、唇に指先を押し当て、満足そうに口角を吊り上げる。

強張った表情の彼から目隠しを外してやれば、案の定、土方の瞳は驚愕に見開かれていて。高杉はまた、喉を鳴らして笑った。



「間抜けな真選組が飛び込んで来ることくれェ端から分かってたぜ。俺の出る幕でも無かった、ただ、」


――お前が来る、と聞いて。



高杉の声が脳天に響く。

今にも殴りかかりそうな勢いで、土方は拳を強く握った。鎖さえなければ、こんなヤツ。そして開けた視界の先に映る、色鮮やかな男を射殺すかの如く睨み付けた。

しかし高杉はそれさえも愉しげに受け止め、言葉を続ける。



「あァ思った通りだぜ。てめェは綺麗な面してんだなァ」

「……何が言いてェ」

「だから、」


――俺は、お前が欲しいんだよ。



刹那、唇に生暖かいものが触れて。それが接吻だと気付いた時にはもう遅かった。高杉の奢るような口付けは舌を交え、幾度と無く迫り来る。

土方にそれを拒む術は、ナイ。



「は、あ……っ、ぁっ」



肺がただただ酸素を求めた。呼吸する事さえまま儘ならぬ。

不快感と苦しさから生理的な涙が目許に滲んだ。何故、それを問う暇さえ与えられない。


高杉の隻眼は飢えていた。否、貪欲に土方を求めているのだ。どうすることもできない、土方は己の無力さを呪わずにはいられなかった。


そして漸く離れたそれに、土方は荒く息を吸い込んだ。思わず前屈みになり咽せてしまう。高杉は余裕の表情で此方を見下ろし、そして薄く唇を開いた。いちいち癪に触るヤツだ。



「意外と女々しいんだな、副長さんよォ」

「…う、るせぇ……ッ。何でンな事しやがった…!」

「言っただろ?俺は欲しいものは全て手に入れねェと、気が済まねェのさ」

「とんだ狂乱野郎だな……」

「ククッ、何とでも言いなァ。すぐにその減らず口もきけねェようにしてやらァ」



高杉は閉口と同時に土方の肩を掴んだ。厭な金属音が鳴り響き、土方は簡単に床へと押し倒される。まさか、と。酷く苦々しく顔を歪めれば、高杉はニヤリと笑みを張り付けて。そして立ち上がった自身のそれを土方に宛がった。

徐々に中心へと熱が集まって行く。それと反比例するように、土方の顔は真っ青に血の気が引いて行った。



「なァ――楽しませて、くれんだろ?」



重々しいその声でさえやけに艶やかに耳に響いて。嗚呼もうどうでもいい。

奥底から快楽が湧き出て身体が張り裂けそうだ。視界は闇。苦悶の表情を浮かべたまま、ただ堪えるように土方はきゅっと固くキツく目を瞑っていた。


このまま、永遠に眠ってしまえたらいいのに。





陳腐で黒いお遊戯




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