俺は遠く広がる街を見下ろしていた。

目下に映し出される色鮮やかなそれは、夜のネオンに彩られ異常なまでに光を放っている。煌びやかだと、純粋にそう思った。


何しろこの俺だ。ロマンチシズムの欠片も無ければ、この景色にうっとりするような柄でも無いのだけれど。この時ばかりは純粋に、そう思った。


――彼女に見せてあげたい。


きっと、綺麗だと見惚れるに違いない。手放しに喜んでくれるに違いない。

考えただけで胸が踊り、ただの景色が何倍にも眩しく見えた。だって、俺の世界の中心は俺ではなく、彼女なのだから。



「もしもし、姫?今から少し出てこられる?」

「神威…?何かあったの」

「何もないよ。ただ、君に見せたいものがあるんだよね」

「私に、見せたいもの?」

「うん、そう。きっと気に入ると思うんだ」



俺が今居る場所を伝えれば、彼女は分かった、すぐに行くと明るい声音で電話を切った。ツーツー。寂しさを漂わせる電子音とは裏腹に、俺の口許は緩やかなカーブを描く。

楽しみだ、と彼女は言った。待ってる、と俺は言った。

どうやら彼女を喜ばせることが最近の俺の生き甲斐らしい。ベタ惚れなんだって、どうしよう。



「かーむいっ!」



高層ビルを駆け上がる足音は聞こえていた。そしてそれが彼女のものだという事にも気付いていた。

少し高めの、女性特有の甘い声が聞こえる。俺は両腕を広げて、薄い鉄製の扉が開いたと同時に現れた愛しい姿を抱き留めた。



「きゃ、……び、びっくりするじゃない」

「姫、待ってたよ?ほら、こっちに来てみて」



俺は彼女の手を引き、この夜景が最も美しく見えるそこまで誘導した。そのまま、繋がった手は離さない。

そして感嘆の声を漏らした彼女の隣で、俺はゆるりと笑んだ。街中の光を受けてきらきらと輝く、純真無垢な彼女の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。



「凄いでしょ?阿伏兎も知らないよ、俺が見つけたんだ」

「うん。わたし、こんな綺麗な夜景初めて見た…!」

「まさに期待通りの反応だね。喜んでくれて嬉しいよ」

「……ありがとう、神威」



少し照れた風に俯いた、そんな無垢な彼女に釣り合うようにと、今度の俺は優しさに満ち溢れた表情でほくそ笑む。どういたしまして、と紡ぎながら。


張り付いてしまった笑顔の仮面も、彼女だけには剥ぎ取られてしまうのだ。しかしその時の俺は心から最高の笑顔を浮かべることができて。

ありがとう、それは俺の台詞だよ。胸の内の告白は、有りっ丈の愛でコーティングされた唇に乗せた。


――ちゅ、



「薬指へのキスは、永遠を願うんだって」

「神威も私にそれを望んでくれてるの?」

「そうじゃなかったら、こんなことすると思う?」



目と目が合った瞬間、彼女は満開の花を咲かせて。余りにも美しく余りにも可愛らしいその笑顔に、これまでだって俺は何度も何度も酔わされてきた。

そして思わず零れ落ちた、言の葉。この想い全てを言い表すことは出来ないけれど。



「こんな俺でも、やっと、守りたいものができたみたい」



――ずっとずっと愛してる。

俺は君だけを、想い続ける。


再び二人で見下ろしたとき、街にはらりはらりと白く清らかな雪が舞い降りた。色鮮やかな背景の中、穢れのないそれが俺達を包み込む。まるで祝福されているみたいに思えた。


君に出逢えたことが何よりも大きな、俺にとって最大の幸せだったと、今なら胸を張ってそう言えるのかな。





薬指に永遠を願うキスを




back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -