キーン――。



まさに間一髪の出来事だった。

振り抜いた刀の切っ先が鉄の球を弾き、その軌道を遮った。

あと一瞬遅ければ間違いなく死んでいただろう。

そう思えるほどに狙いは完璧で、確実に俺の心臓を撃ち抜けるだけの実力を伴う者だと理解できた。



「何のつもりでさァ」



沖田が低い声で吼えれば、その男はけらけらと笑い声を立てながら、ひょっこりと顔を覗かせて。

ニヤリ、さも愉快だと言わんばかりに口角を持ち上げ、沖田をじっと見詰める。



「流石だなぁ。頭領が見込んだだけはあるよなぁ」

「はあ?つーかお前誰でィ」



男は見るからに怪しかった。

黒子を頭からすっぽりと被ったようで全身黒ずくめで、露出している部分と言えば、身体の末端と目元口元だけである。


攘夷浪士でないとは何となく分かった。

それとは雰囲気が全く異質なのだ。



沖田はじっくりと考え、しかし答えは出ないまま。

攘夷浪士以外の勢力と言えば、市民と警察と天人と、あと幕府のお偉方ぐらいしか頭に思い浮かばなかった。



「まぁまぁ、僕の事はいいよ。それより沖田君の話をしたいなぁ。本当に噂に聞いていただけあるよねぇ」



男は惚れ惚れとした視線を投げかけ、べろりと舌なめずりをした。

下卑な動きをするそれがかさついた唇を潤わす。



「沖田君の居合い抜きは常人のそれじゃない、まさに神速だねぇ。神に選ばれ与えられた、天賦の才能さ」

「あー……そりゃどーも」

「うん。だけどね、まぁだまだ爪が甘いんだよなぁ」



男はふふっと笑い、自身の頬を二度三度突っついてみせた。

そして沖田に再び銃口を向けると、バーンと呟き、撃つ真似事をする。

沖田はそれを訝しげに眺め、それからふと、ある違和感に気が付いた。



「……は、血?」

「そ。せーかい。沖田君はかわしたつもりだったんだろうけど、球は確かに君を捉えてたのでしたぁ」



頬をゆるりと赤い筋が伝い落ちる。

全く気が付かなかったと驚いて目を見開けば、実は二発撃っていたんだよねぇと男は鼻を蠢かした。


額に汗が滲み、少しも気を抜いてはならないと、沖田は刀を強く握り締めて。



「目的はなんでさァ!」



強い風が一陣巻き起こり、男の黒装束がぶわりと揺れる。

巨大な影がさざめくようで気味が悪かった。


この男は結局何がしたかったのか、何が言いたいのか、沖田は足りない頭で尚も考え続けていた。

地面に転がる携帯電話が先ほどから幾度となく震えている。

土方ももうすぐそこまで来ているに違いない。



「早くしてくんねーと、俺も気ィ長い方じゃねェんで」

「んー…そうだねぇ、例えば強さって何だと思う?」

「つよさ?」

「そ。僕は強さこそが正義だと思うんだけど、沖田君はどうかなぁ?」



強さはね、唯一この国を変えられる手段なんだよ、と男はいやに真剣な声音でそう告げ、そして…――



「だから、沖田君、」


――君には僕らと一緒に、戦って欲しいんだ。


「また、迎えに来るよ」



男はひらりと裾を靡かせ、刹那、まるで淡い幻想のように掻き消えた。





黒装束の使者



back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -