涙が涸れる、その前にお前が涙を流したあの日から。 もう泣かすまいと、もう離すまいと、誓った筈だった。 小さくも愛おしい其の背中を守り抜くと、約束した筈だった。 しかし其のどれもが、嘘に変わって行く、偽りへと豹変して行く。 残酷な刻を止める事が出来ない、余りに脆弱な、俺。 「悪かったなァ、姫……」 手を伸ばし掛けて、止めた。 今は彼女を抱き締める資格が無いと、気付いたから。 静かに姫の頬を涙が伝う。 泣かせないと、決めたのに。悔しくてもどかしくて堪らない。 いつだって姫の隣に居た、大切な人を俺は救えなかった。 「てめェの両親も、兄弟も、友達も……何一つ守ってやれなかった」 「そんなこと、ない…。晋助は私を助けてくれた」 「…違ェ、姫が泣いてちゃ、何も意味が無ェんだ」 姫は小さくかぶりを振ったが、俺はすぐに否定した。 眼前で泣き叫ぶ姫、彼女を庇う事しか出来ない非力な自分。 天人に斬り伏せられた、彼女の掛け替えのない人――。 記憶が鮮やかに蘇る。 冷たい風が頬を撫でて、薄暗い空が顔を出した。 空虚、俺は奥歯を噛み締めた。左目が疼く。 「もしかして、晋助。自分、責めてる…?」 「はっ、んだよ急に」 「だって凄く、悲しい目してるから……」 姫は俺の顔を覗くと、そっと左目に触れた。 痛かったよね、ごめんね。 彼女の言葉は優しすぎて、俺は零れ落ちそうになる涙を必死で堪えた。 ――男が泣くなんざ有り得ねェ。 静寂が静かに二人を包み込む。 黙り込む俺に姫は再び口を開いて。 「あの時の約束、守ってくれたんだよね?ありがとう」 「……礼なんていらねェ、助けたいと思ったから助けただけだ。…守れなかったけどなァ」 「私は大丈夫だよ、晋助はちゃんと約束守ってくれた」 ――だって私、まだちゃんと笑えてるでしょ? そう微笑んだ彼女が零したのは、とても、美しい笑顔だった。 私には晋助が居るから、だから大丈夫――。 まるで俺を照らす光のようだった。 手を伸ばさずにはいられない、先程までの躊躇いなど微塵も感じない。 俺は迷わず姫を抱き締めて、きつくきつく、抱き寄せた。 其の温かさに、再び涙する彼女を見やり、 「なァもう一度、俺にお前を守らせてくれねェかァ」 「ううん。ずっと、がいい…」 「……あァ、ずっと、姫だけを守り続けてやる」 ――愛しくて、大切な人。 泣き腫らした目蓋を指で拭うと、俺はありったけの優しさを込めて。 柔らかく、彼女の目尻に口付けた。 (大丈夫、俺達はまだ、 二人ならば笑っていられる) ←back |