紙飛行機に願いを乗せて





とても暖かな風が、仄かに春を感じさせながら俺の肩を撫で上げた。今までの寒さが嘘のようで、私は一つ息を吸い込んでみる。

木々のざわめき、放課後のチャイム、生徒達の笑い声。

春の陽気が確かに其処にはあって。──春の寂しさも、確かに其処にはあった。



「……銀八せんせー?」



ぼーっと校庭を眺めている俺を、不思議そうに"あいつ"が覗き込む。はっとして顔を上げれば、彼女は少し驚いたように目を見開いて。それから、交わった視線にふわりと優しく微笑むのだった。



「んー?どうしたァ?」

「うんん、何でもない。先生こそ心此処に在らずだったよ。何かあったの?」

「ああ…大したことじゃねーから。先生はさァ、この季節が一番好きで一番嫌いなんだよなァ」

「へえ…?」



澄みきった大きな黒い瞳は、純粋な彼女のものだった。俺はそれが大好きで、時には汚れを知らないその瞳を羨ましくさえ思う。

この好きだ、という想いが愛している、に変わってしまったのは何時の頃だっただろう──。気付けば毎日の楽しみは、彼女と会う事の出来るこの学校になっていた。



「なァ…姫にとってはさ、卒業ってどんな気持ちなわけ?」

「卒業?……んー、まだ実感湧かないかなあ。だって学校に来て先生に会って…それが私の当たり前毎日だから」

「おいおい、卒業生がそんなんでいいのかコノヤロー」



俺が意地悪く彼女を小突けば、じゃあ先生はどうなのよ、と口を尖らせる。俺は卒業生じゃないから関係ねーのっ、と視線を校庭に移した其の刹那。

ひらり、眼下を紙飛行機が通り過ぎて。一筋の線を描いた。



「下の階から?」

「あー沖田達だろ、多分。ったく、あのヤロー…ゴミ増やしやがって!」

「何か願い事でも書いてあるのかな。近藤君なら卒業と同時に妙ちゃんと付き合うー、とか?」



楽しそうにクラスの話をする彼女を横目に見て、溜め息を一つ吐いてみる。こうしていつも笑っている姫も、卒業式では泣くのだろうか。

いつの間にか見送られる側では無く見送る側になっていた自分は、卒業の感情さえよく覚えていない。それならば、せめて──。


俺は胸ポケットから紙切れを出すと、ペンで細かい字を綴った。器用な手付きでそれを丁寧に折って行く。そうして出来上がったそれは、空高く飛び上がって。



「あ、紙飛行機!先生が願い事なんて珍しいね、何書いたの?」

「んー…?内緒。──それより、もう下校時間はとっくに過ぎてんだけど?ほら生徒は早く帰った帰ったァ」

「もうっ、先生のケチ!」



たたっ、靴を鳴らしてリズム良く掛けて行く。振り向き様に手を振った彼女の後を追い掛けるかのように、もう一度、下校のチャイムが鳴り響いた。何処か寂しさを漂わせた風がカーテンを揺らす。

そして誰も居なくなった教室で、俺はクラス写真に映る笑顔の"あいつ"を見詰めていた──。






(愛する人が幸せな気持ちで)
(卒業出来ますよーに、って)

((ただそれだけ願いを込めた))






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