月夜にさよなら





きらびやかに輝く月は、鮮明に私達を照らしゆく。夜鳥の鳴き声が月夜に響き渡り、その肌寒さ故に私は身震いをした。



「じゃあな」



握り締めていた私の手を振りほどき、十四郎は自由になった手の平をひらりと返した。人の気も知らないで…!悠長に振られるその手の平に、私の涙腺は緩み始め。



「待ちなさいよ、馬鹿!」

「………んだよ?」



不機嫌そうに振り返る十四郎から仄かに香る、煙草の嗅ぎ慣れた匂い。彼を見るたびに思い出してしまう、…彼の全てを。

煙草の銘柄だって、好きなマヨネーズのメーカーだって、行き付けの店だって、そこで絶対に頼むメニューだって──。



「私っ、いっぱいいっぱい、知ってるんだから…!」



滲み出た涙は、とうとう頬を伝わった。熱くなる目頭を手で拭いながら、十四郎を必死で見つめる。そんな私を彼は驚いた風でも無く、ただただじっと見詰め返して。



「あんたが忘れたって、私は覚えてる…っ!」

「あァ」

「帰って来なかったら、一生恨むからね…!」

「…っ、あァ」



だから、だから……。もう会えないなんて、言わないで。

私はその場に座り込むと、声を押し殺し泣いた。静寂な夜にその声だけが響いて。


寂しいなんて言わない。辛いだなんて言わない。だけど絶対に帰って来て、と。




「待ってろよ」



瞬間、ふわりと温もりが私を包み込み。寒さに震えていた肩はその動きを止めた。それと共に私の涙も小休止する。



「一段落したら、絶対ェ帰って来てやる」


──だから、待ってろ。


「…本当、に……?」

「ああ。だから泣くな、姫」



俺まで泣きたくなるじゃねェか、と私の耳元で囁く彼。ぎゅうっと優しく抱き上げると、私の額にキスをする。優しく甘く、温かく。



「行ってくる」



嗚呼、鼻を擽る煙草の匂いが少しずつ私から離れて行くの。


月夜に交わした約束。其れは余りにも優しい、さよならでした。







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