願いを閉じ込めた





ゲホゲホ…ゴホ…ッ──。


咳をする音だけ、ただ其れだけが俺の耳を支配する。他には何一つ音など無い、真っ白な部屋。無機質な部屋。

飾り気の無いその空間に飾られている一輪の赤い花は、異色な程に目を惹いた。



「おいっ姫…大丈夫、か?」

「大、丈夫だから。心配、しないで?銀時……」

「んなこと言ったって…おまっ、……その、血…!」



赤い花よりも濃厚でより鮮やかな赤を、お前はその口から吐き出した。まるで息を漏らすかのように慣れた動作で。姫は控え目に微笑むともう一度、大丈夫、と口端を緩める。



「笑ってよ、銀時。貴方にそんな顔されてちゃ私も生きた心地がしないわ」

「悪ィ…でも、姫。お前、もう」

「ストップ!ちょっと、勝手に恋人を殺さないでよね?」



いつものように悪戯な笑みを浮かべて笑う、彼女。しかしその顔は既に蒼白く以前までの彼女の肌の色ではなかった。


死期が俺達を追い詰めて行く。


治らない、そう告げられた日からずっと姫は病院の地下室だ。外界と遮断されたこの密室にただ一人残されることが、どれほど辛いものなのか、俺にははっきりとは分からない。たとえ知りたくとも、俺は彼女ではないのだから。



「そういや…忘れてねーよな」

「ん、なに?」

「バッカヤロー。今日は、俺と姫の二周年目!約束通りあと半年したら結婚だぜ」

「……うん。」



日付なんて分かる筈がない。カレンダーなんて何処にも無いし、今が朝なのか夜なのかさえ分からないのだから。


――叶わないものだね、世の中。


明日のことさえ視えないのに、半年後の約束までしてしまって。結婚、したい……。姫がそう微かに呟いたのを俺は確かに聴いていた。



「ねぇ銀時、お願い聞いて?」

「ん?」

「今日はずっと側に居て。……記念日、なんでしょ?」



小刻みに震える肩、薄く乾いた唇。つぅ、と頬を涙が伝って。紡ぎ出されるのは今にも消えてしまいそうなお前の声。


──どうして?

どうして彼女だったんだ…。


俺は拳を握り締める。皮膚に食い込む爪の跡など、今は何も感じられなかった。

抱き締めたい、抱き締めて、深く深く口付けたい。今までみたいに身体ごと奪いたい。──しかし、其れは叶わない願い。今の彼女はそれさえも耐えられない程に力を無くしていて。



「しょうがねーな、ならずっと手ェ握っててやるわ」

「ありが、と…銀時。……ねぇ、大好きだよ?」

「…ばーか。銀さんは愛してるっての」



愛しいのに、抱き締められない。嬉しいのに、涙が出て来る。

俺は困ったように笑いながら、姫の手首に口付けた。壊れないように消えていかないように、優しく優しく。






(花嫁を抱き締めたくて)
(愛してるのだと伝えたくて)

((だけどまた、))






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