世界で一番近くにいた人





探せど探せど、彼の姿は見えなかった。闇雲に歩き回れば、そもそも何処ではぐれたかさえも分からなくなって。


そこら中の屋台から漂う、美味しそうな匂い。祭と描かれた提灯は辺りを灯り照らす。わいわいと賑わう人混みの中で私は浴衣の裾をぎゅっと掴み、泣きたい気持ちを必死で堪えた。




『よう、姫。クク…随分華やかな浴衣着てんじゃねェか』

『あ?この手は何かって?…どうせ一人なんだろ、俺が付き合ってやるっつってんだァ』




誰か居ないかな、とは思っていたけれど、まさか高杉と逢えるなんて思ってもいなかった。

私は急加速する鼓動を抑え付け、嬉しさに舞い上がっていた。こんな偶然、奇跡みたい!今日は幸せな日だなあ、なんて思ってたのに。


――でも其れも、もう何十分も前の話。


彼も私を捜してくれているだろうか。勝手に走り出した私に、愛想を尽かしてはいないだろうか。どうしよう、どうすれば、



「ねえ、綺麗なお姉さん。ハンカチ貸してあげようか?」

「え……?」

「いや、泣きそうだったから。どうかしたの?俺で良かったらそばにいるよ?」



ふいに背後から話し掛けられて、どきりとした。大袈裟かもしれないが、もう心臓が飛び出るんじゃないかってくらい。

ニコニコと笑みを携えた男性は私にハンカチを差し出す。しかし良い人そうだと思ったのも、――束の間だった。



「ほら、向こうで一旦落ち着こう?こっち来て、」



ハンカチを受け取ろうとした瞬間、私の手首を男性はぐっと掴んで。振り解こうにも無理な話、力強い男の力だった。



「嫌だ、嫌だよ…っ離して」



絞り出した声は震えてしまい、弱々しくて誰も振り向きさえしない。男性は笑みを崩さず、愉快そうに私を覗き込んだ。

私はとうとう、泣き出した。瞳からボロボロと涙が零れ落ちてどうする事も出来ない。怖くて怖くて、何度も高杉の名を呼んだ。すぐ隣に来て、仕方無ェって手を差し出して欲しかった。



「た、かすぎぃ……」

「――っ、姫!!」



刹那、愛しい彼の声が聞こえたかと思えば。ばきっと鈍い音がして、手首はいとも簡単に解放された。

てめェ、俺の連れに何してやがる。

そう、高杉の低い唸り声が聞こえた直後。男性は腫れ上がった頬に手を当て一目散に逃げ出していった。



「おい、泣き虫。どこほっつき歩いたらあんな輩に引っ掛かるんだ?」

「高杉っ、ご、め…ん」

「…謝んじゃねェ。もう大丈夫だ、俺が傍に居るだろ」



怖かった、凄く怖かったの。

私はわんわん泣き叫ぶと、高杉に必死でしがみついた。独りが不安でどうしようもなかった。私の言葉一つ一つに高杉は耳を傾けてくれる。

それから、ぎゅうっと温かく抱き締めてくれて。身体は守るように包み込まれた。



「助けてくれてありがと…」

「んなの当たり前だ。大切な奴放っておく馬鹿が一体何処にいんだよ」

「……ん、」

「しっかり握ってんだぜ?もう泣かせねェからなァ」



今度こそ、と差し出された手をきつく握り締める。もう離さないから安心しろ、高杉は薄く笑みを浮かべると。泣きはらした私の目尻に口付けてから、腕を引いて歩み出した。






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