執事の秘め事





月は消え、陽は昇る――。

暖かな光を纏いながら、小鳥の囀ずりと共に静かに夜は明けた。

礼装に身を包んだ執事は、ネクタイを締める手を止めると目を細めながら窓の外を見た。


…嗚呼、お目覚めの時間だ。


長い廊下を真っ直ぐ歩き、その角にある一際大きな扉の前で足を止める。

コンコンとノックをした後、開け放った扉の向こうから吹く柔らかな風が、彼を包み込んだ。



「御早う、銀時」

「御早う御座います、姫お嬢様。今日はお早いお目覚めで」

「うん。何だか目が覚めちゃったのよ」



彼女は優しく笑いかける。

何時からか──、そう自分を呼ぶ声が好きになっていた。愛おしくなっていた。


高鳴る胸を押し殺しながら、ジャスミンを香らせ、出来立ての紅茶を真新しいティーカップに注ぐ。

甘く美味しい香りが部屋いっぱいに広がった。



「今日の予定は?」

「本日は、マヨ……ッいえ失礼致しました、土方子爵邸での夜会への出席が御座います」

「……ああ、それキャンセルしといて。それが無くなれば今日はフリーなんでしょ?」

「まァ…そうですね」

「よし、じゃあ銀時!今日は1日ゲーム漬けね、遊ぶわよ」



彼女は執事の手を取ると、いつものように軽く口付けた。

──そう、これが二人の"合図"。

お嬢様に口付けられた時だけ、執事は素になることが許されるのだ。


執事は整えた髪を自分の手でぐしゃぐしゃに崩すと、銀色を色鮮やかに揺らした。



「……上等。あとで吠え面かいても知らねーぞ、姫?」

「今日こそは絶対に負けないもん。銀時にDX苺パフェエレガントキュートラヴMAXを作って貰うんだからねっ」

「あーあー、分かった分かった。オメェが勝ったらな。まっ、まずそれはねーけど」



にいっと悪戯に笑えば、彼女も歯を剥き出しにして笑う。


眩しい程のその笑顔が、やはりどうしようもなく愛らしくて。
そしてこの我が侭なお嬢様のせいで、執事という呪縛から離れられないのも事実。

……面倒事は嫌い、な筈、なのに。



「銀時、」

「んー?」

「毎日こうして……ずーっと遊んでちゃ、駄目?」

「だーめ。ちゃんと自分の仕事もしろよコノヤロー」



まだこうして、──その声が執事の名を呼ぶ限り。

その声が執事を必要とする限り。

俺は迷う事なく、貴女のために尽くし、貴女だけに従い行く。


奥底に秘めた確かな想いは、何時かきっと告げる、愛してるの一言のために、今はそっと胸の内に沈めた。






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