君のいない世界





あの夜、お前と見た星空があまりにも綺麗で、俺は瞬きをする事さえも忘れていた。

脳裏に焼き付いたこの景色を、俺は忘れはしないけれど。

片腕から、抱いたお前の温もりが離れて行く事実は、忘れてしまいたかった──。



「ごめん、少し疲れたよ」

「…ちゃんと見届けてやるから安心しろよ」

「ありがと、銀ちゃん…」

最後に此処に来れて良かった。



そう姫に呟かれて、名残惜しそうに伸ばした右手を、お前が再び手に取る事はなかった。


心の奥深くで繰り返しエコーする別れの言葉。

涙で霞んだ瞳のせいで、夜空に輝く星達は一層輝いて見えた。

……間も無く、あの長かった攘夷戦争は終結するのだ。



──あれから、もう…



姫と連絡は取っていない。

否、取る事など叶わない。

どれほど会いたくても願っても会えない、そんな関係。


俺は覗いていた窓を閉めると、玄関にある靴に手を伸ばした。

トントン、と音を鳴らして履けば、ふと視界に映る彼女の写真。



「うっし、出掛けて来るわ。今日もちゃんと働いてくるからなー」



働いて、稼いで、姫の好きな物いっぱい買って、立派な墓標を作ってやって。

お前が確かに此の乱世を生きてきた証を、俺が作ろうとそう思った。

愛の形は残らなくとも、そうすることできっと、俺が姫を愛してたと云う心は残る筈だから。



「神楽ァー新八ィー!待たせたな、んじゃ行くかコノヤロー」



お前が居ない世界もそう、苦しく無い。

あの頃よりも世界は穏やかに歩みを進めているから。


俺はいつもの様におどけた顔で、新しい仲間にニイッと笑いかけた。

日溜まりの中暖かな風が三人を包み込み、かつて姫に触れたその手で、今度は二人の手をぎゅうっと握る。



――なァ姫、おめェのお陰で世界も少しはマシになったんじゃねーの?



揺らり揺れた銀の髪が、太陽の光に照らされキラキラと光る。

それはまるで、散りばめられた、儚くも美しい星屑の雨のようで。

あの星空は、今もまだ覚えている。

空を仰げば、いつでもお前が其処に居てくれるような気がしていた。


俺は握り締めた拳にぎゅっと力を込めると、大きく一歩を踏み出した。



(あの星空に誓った約束。)
(今も君は覚えていますか)

((君の笑顔が恋しい、なんて))






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