愛情の裏返し今日の彼は、何時にも増してやけに上機嫌だった。 二人だけのデートを朝から満喫しただけで無く、私が欲しいと言った物全てを当たり前のように買い与えてくれて。 そして仕舞いには、何時もより甘く優しい口付け──。 熱視線に舌を絡み取られても、私の心は不思議と穏やかだった。 「今日はありがとう、凄く楽しかったよ」 「姫に喜んで貰えて良かったぜ。…だけどもう少し、付き合ってくんねェか」 「勿論っ!まだ何かあるの?」 「あァ、どうしてもお前に見せたい景色があんだ」 そう言葉を紡げば、十四郎は私の手を引いて歩き出した。 聞けば彼の特別な場所、らしい。 …うん、今日はいい感じだ! 私は一人ほくそ笑んで、彼の背中を見詰めていた。 やはり此れが本当の十四郎の姿なんだと。 「姫、顔上げてみろよ」 「え、これって……」 「綺麗な夜桜だろ?巡回してっ時に見付けたんだぜ、」 十四郎は私を引き寄せて、本日何度めかの口付けをする。 暗がりにひっそりと立つ桜から放たれる香りと、彼のキスに酔いしれる私。 月の明かりだけが私達を導いて行った。 しかし私はこの瞬間にこそ、この夢の終わりに気付いてしまったのだ。 ──ねえ、どうして? 「十四郎……泣いてるの?」 「悪ィな、…最期なんだ。俺ァ姫を愛してっから、最期は俺の好きな場所で……」 「最期、ってなに?」 意味が、分からない。 鼻を擽る甘い香とは裏腹に、彼の瞳からは零れ落ちる涙。 そして静かに金属音が鳴り響いて、スッと十四郎は刀を抜いた。 「今日からお前は、永遠に…俺のモンだ。」 ずん、酷く鈍い音がした。 骨が軋み、体内から私の血液が溢れ出す錯覚。否、現実。 ──とう、しろう…? 疑問を問い掛ける間も無く、ぐらり傾いた私の身体。 支えを無くしたアンバランスな肢体を、彼は物ともせずに抱き留める。 「大丈夫、今楽にしてやるから安心しろ。…此れでもう、俺以外に姫を見れる奴はいなくなんだな」 そう言って、ほくそ笑んだ十四郎。 其の瞬間に私は全てを理解したのだ、きっと。 私の我が侭を受け入れた事も、彼が涙を流した事も、──此の瞬間の嬉しさからだったのだ。 暫しの幸福の余韻に浸かり、やがて十四郎は幸せそうに私の傷口に手を当てて。 「十、しろ……ねぇ、」 「喋んな、姫。お前の鼓動を聞き届けるのも──俺だけでいい」 十四郎は瞳を閉じた、私はそんな一つの背景を見詰めた。 嗚呼、何と皮肉なことだろうか。 返り血を浴びた夜桜が元より美しく見える、だなんて──。 ←back |