執事の吐息





煌びやかな衣装を纏った女性と、高級感ある黒に身を包んだ男性で溢れかえったフロア。

バイオリンとピアノの美しい旋律に溺れながら、手を取り合って。

舞う、回る、抱く、どちらも微笑みを忘れずに。



「……めんどくせェ」



俺は冷たい面持ちでフロアの中央を見詰めた。

俺の主、姫もそちらで優雅に笑みを交わしていた。

内心、苛々する。

しかし一介の執事である俺は、彼女を見守るだけが限度だったのだ。


姫は時より此方を振り返り見ては、また違う笑顔を見せる。

私をちゃんと見ててね、とでも言うように。



「ったく…無防備すぎだぜ、いい加減気付けよ」



小さく溜め息を漏らせば、アイツ早く帰って来ねェかな――なんて主をひたすら目で追った。


密かに抱く互いへの愛。
(此れは、二人だけの絶対の秘密。)


暫くしてフロアの騒々しさに耐えきれなくなった俺は、バルコニーから外へ出た。

今日は天体観測するには絶好の日和かもしれない、なんて有り得ない程ロマンチックな考えを巡らせる。

確か、姫が単に夜空が好きだと以前呟いていたから。



「こんな所にいたのね、土方さん」

「あぁ、主か…。外は寒ィから中入ってろよ」

「嫌よ。こんなに空が綺麗なのに…、土方さんと見れないなんて勿体無いでしょ?」



にこり、俺に静かに寄り添い笑みをたたえた。


社交界の雰囲気のせいか、何時もより幾分大人びて見える彼女が魅力的で、不意を突かれたかのようにドキリと鼓動が脈打った。

心音が心なしか乱れ、頬が少し熱い気がするけれど、俺はあくまで平然を保つ。



「土方さん、私ね。やっぱり誰と踊っても詰まらないみたい」

「…ん」

「いつか、ね。……貴方と二人で踊れたらどれほど嬉しいか、…きっと幸せなの」

「…あぁ。心配すんな、叶えてやるさ」



俺は腕にぴたりと密着した姫を横目で見遣ると、その柔らかな頬を優しく撫でてやった。

少し物寂しそうな目をする彼女を、元気付けたい、その一心で。

頭上で瞬く星々は俺達を見守ってくれているのだろうか。



「んな顔、姫には似合わねェよ。笑ってくれねーか、その……俺の、ために」



真剣に、そう告げた。

恥ずかしさで小声になった最後は、きちんと姫に届いただろうか。


俺は瞬間、顔をすっと近付けて、唇に唇を重ね合わせた。
(…勿論、誰にも見られていない事を確認して。)

柔らかく艶やかな朱色が、控え目に俺に応える。

暫くの間で離れた唇に、二人の吐息が甘く触れ合い、伏せられた睫毛が揺れる。


そうして視線が絡み合った。

其の刹那、姫は華のような笑みを零したのだ――。






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