君が選んだのは、僕の知らない笑顔だった





「ごめん、やっぱり私もう…銀さんには付き合いきれない」

「………姫、」

「限界よ、さようなら」



もう、俺達は無理だ。

否、姫は我慢の限界だ。

其れは心のどこかで分かっていたのかもしれない。


彼女は高級そうな着物に身を包んだ男性の手を取り、俺に最後の別れと微笑んだ。



「新しい、彼氏、か…?」

「うん、銀さんよりお金もあるし私が欲しい物は何でも買ってくれるんだよ」

「…そっ、か、良かったな」

「ありがとう。」



ああ、これで終わりなのか。

余りに呆気ない、初恋だったな……なんて、ぼんやりと姫の笑顔を見詰めて。

引き止めることさえせずに、俺はただ立ち尽くす。


別に仕方無いと割り切ったつもりも、諦めたつもりもなかった。

手放したっていいだなんて、んな事冗談でも言いたくない。

寧ろ姫がどうしようもねーくらい好きだった。



「だけど、」

「銀さん。今更、行くななんて言わないでね?」

「分かってる。…もうお前には無理させらんねーよな」


だけど、だから――、

ちゃんと幸せになってくれ。



好きだから、姫には今までの分幸せになって欲しかった。

好きだから、彼女の好きなように歩ませてあげたかった。

好きだから、好きだから、せめて。


最初で最後のわがままだけは、叶えてやりたかった――。


バイバイ。少しだけ名残惜しそうに彼女が手を振る。

俺は精一杯の笑顔で、其れを見送った。



「またな」

「うん、またね」



再会の時が来るとは、到底思えないけれど。

もしかしたら道端でばったり会えるかもしれないから、なんて淡い期待を浮かべて声を掛けた。

そんな俺の気持ちに、彼女は気付いてくれているだろうか。



「……さて、と」



姫と男性の背中が見えなくなるまで見届けて、俺もくるりと踵を返す。

そして漸く気付いたこと。

無意識のうちに、震える肩と零れ落ちそうな涙を必死に堪えていたようだった。


――そう言えば…。


使い古しの枕も、良い香りのするシャンプーも、記念に揃えたペアカップも。

此処に残り過ぎた、しかしもう此処には取り戻せない、愛しい彼女の思い出をどうすればいい。



「未練たらしい男は嫌われるかもしんねーけど、」



捨てたら永遠に、俺とお前が共に過ごした証が無くなってしまいそうで、怖かった。


俺は首もとからロケットペンダントを外すと、震える拳でそれを握り締めた。

彼女が確かに笑っていられたあの時間を、簡単に捨てられる筈など無くて。

ただただ葛藤と共に、自嘲気味に微笑むのだった。






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