恋の始まりはいつだっけ





――俺の、人生最大の誤算。


こんなに好きになるなんて、思っていなかったのだ。




可愛い子だなあって。最初はほんの少し目で追っていただけだった。その時は別に恋愛感情なんてなくて、ただ何となく気になる他のクラスの女子。彼女が俺のことを好いていると友人に教えられ、あァまあそうなんだろうなって思った。本当にただそれだけだった。


それがどうしてだろう。

告白されて、いつもならきっと断るはずだったのに…――。



「沖田くんの、顔が好きです」


あまりの素直な告白に、驚きを通り越して固まった。確かに俺の顔に惚れた女子どもは数知れず、だけれども。これは、さすがに、ない。ありえない。



「あー…、どーも、でさァ」



そう引きつりながらもそれなりの笑みを作れた俺は、我ながら大人だったと思う。


しかし次の瞬間、彼女は顔色を変えて、ち、違うんです、と声を荒げた。あわあわと慌てふためき、俺のワイシャツをちょいと掴むと、また顔色を変えて。す、すみません、と今度は勢いよく突き飛ばされた。

わけがわからない。俺は呆気に取られていた。行動も全く意味不明だったが、それよりも――赤くなったり、青くなったり、また赤くなったり、忙しない女だと思った。



「あ、あの、違うんです」

「や、……別にいいけど」

「そうじゃなくて……!」



彼女は必死だった。泣きそうなくらいに、必死だった。いやひょっとしたらもうすぐにでも泣き出すのかもしれない。

俺はその気迫に圧倒されて押し黙った。そして次の言葉を自然と促せば、



「わたし、沖田くんの声がすきです。明るくて楽しくて、」



彼女は二度三度俯きつつも、



「手とか足とか、その……身体付きも、好きで。剣道してる姿とか、誰よりもすごく、格好良くて」



俺の目を見て言葉を選んで、



「でもいちばん、一番好きなのは、沖田くんが笑ってるところ、……です」



最後にゆるり、ほほえんだ。


彼女は自分がいまどんな顔をしているか、知る由もないのだろうけれど。今まで告白してきた誰もがしていた取り繕った可愛い表情なんて、これっぽっちもなくて。

酷い顔だと少し笑う。すると何を勘違いしたのか、彼女は顔を真っ赤に火照らせて、そのまま動かなくなった。



「なるほど、よーく分かりやした。要するに、俺のすべてが好きなんだねィ」

「ぜ、全部なんてそんな……まだ知らない沖田くんも、いっぱいいると思う、し」

「まァでしょうねィ。で。これから姫は、どうしたいんでさァ?」



え、と、わたしは……、と彼女は視線を泳がせて、それから何かに気が付いたようにはっと顔を上げた。俺はにやりとする。酸欠金魚のように口をパクパクとさせて、彼女は呟いた。



「え――な、んで、わたしの名前……?」

「知ってやしたぜ。告白される前から」



俺はそっと手を伸ばす。それからぽん、と何となしにその小さな頭に手を置いた。触れた髪は思っていたよりもずっと、触り心地がよかった。


可愛い子なら幾らでもいたのだ。けれど何故だか、不思議なもので、俺の瞳は彼女の姿を視界に入れたがっていた。きっかけはいつだったか。いろいろ狂い出してしまったのだ。

どうしてだろう、いまこんなにも彼女を守りたいと思っている俺がいる。側にいて、気持ちのよい感触にずっと触れていたいと、そう願っている。



「……いいですぜ、付き合っても」

「え、沖田く」

「その代わり。離してやるつもりはねェから――それでも、いいんで?」



そう言って、置いたままの手をくしゃくしゃと無造作に動かせば、彼女は。

ほら、やっぱり、なきだした。




そしていま、俺の隣。すやすやと無防備に眠る彼女の髪を撫でて、俺は微笑を浮かべる。

起きたらまずは、ほっぺたにキスしてやろうか。驚いた顔をして、それから笑ってくれたら大成功だろう、なんて。


悔しいけど、――俺はこんなにもどうしようもなく、彼女を愛してしまっている。





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