やわらかなひより風のない、昼寝をするには絶好の日和だった。公園に行こうかとも思ったけれど、彼女が来ると近藤さんに聞いたので屯所に残ることにした。のだが。 縁側に寝そべったまま、隣の彼女をじいっと見詰めた。 鍛練をしている隊士達の掛け声の中で、かさり、紙が擦れる音がする。来てからというもの、こうして腰掛けたままずっと本を読んでいるのだ。 日光に照らされた白い肌。ページを捲るしなやかな指先。自然と伏し目がちになる黒い瞳。睫毛もすっげー長いなァ、なんて思っていれば、耳にかけていた髪が、さらり、流れて彼女の横顔を隠してしまった。 俺は慌ててその髪に手を伸ばした。彼女がピクリと反応したが意に介さず、その髪を再び耳に掛けてやった。そしてまた、俺は飽きずに彼女を見詰め、彼女は文字を追い続けて。 「そんなに面白ェの」 「うん」 「ふーん……疲れねェ?」 「うん」 彼女の返信はあまりに素っ気なく、一度も俺を見ようとはしない。ぺらり、またページが捲れる音がする。こうして彼女をまじまじと見れる機会なんてそうそうないから、これはこれで悪くはないが――どうも面白くない。 俺はムッとしながら、肘を付いて僅かに前に進むと、ごろり、彼女の膝に頭をのせてみた。柔らかくていい匂いがして、ドキドキした。しかしやはり彼女はピクリと反応するだけで俺を見ない。 「姫、今晩、酒宴あるって知ってんで?」 「うん、大晦日だもの」 「なら、隊士達に絡まれるのも分かってんだろ」 「ついでにお年玉とか貰えるかもね」 「……馬鹿でさァ、もっと危機感もちなェ」 酔っ払った野郎共が何を仕出かすかなんて、分かったものじゃない。たとえ彼女を襲ったとしても酒のせいだと言い訳ができてしまうから。つまり一言で言うと、心配なのだ、俺は。 何か土方さんみたくなっちまってるなァ、と思いつつ、深く溜め息を吐けば。 「沖田が相手してくれるんでしょ」 「……は?」 「だから、沖田が、私の傍にずっと居てくれるんでしょ?……それなら何も、心配いらないじゃない」 頬を赤らめてそう言った彼女は、やはり本から顔を上げようとはしない。 しかしその視線を見れば、とても文字を追っている様子ではなく――照れ隠しのつもりなのか、それとも意地なのか、いやその両方か、と嬉しくなった。 俺は彼女の手からすかさず本を奪い取った。すると必然的に、彼女の瞳が俺を捉える形となって。俺は彼女を見上げながら、してやったり顔を浮かべた。 「普通ねィ、そーいうのは、俺の顔を見て言うもんでさァ」 「――…っ、」 「なァ姫、俺だけを見ろよ」 彼女の睫毛が震えた。唇をきゅっと結び、俺から目を逸らそうとするから――俺はその頭に手をのせて下を向かせると、ぐいっと無理やり引き寄せた。 大きな目をさらに大きく見開いた彼女の顔が、俺の目前に迫ってくる。 「俺はいつも、姫だけを見てんだから、ねィ」 強張った彼女をあやすように、やさしくあまく、とろけるように口付けて。来年は姫がもっと素直になりますよーにと、淡い願いをそっと込めた。 ←back |