雪路に重ねた温もり





はらはらと雪が舞い降りる並木道を二人だけで歩いていた。

振り返れば、蛇行しながらも足跡は平行に続いていて。いつもよりも遠回りな帰り道を、共に行く。

まさか銀時の隣りを歩ける日が来るとは思わなかった。永らく恋い焦がれていた筈のものを手にした、叶った、奇跡。


――彼はいわゆる、わたしの初恋、なのだ。




「夜はさらに冷え込むな」



右手がゆっくりと伸びて来る。二人を隔てていた距離が縮まって行く。それは今にも触れてしまいそうで。気付かない振りをしながら、私は慌ててポケットに左手を突っ込んだ。――触れたらきっと、バレてしまう。

顔を俯けて、取り繕うように冷たい息を吐き出してみる。それは溜め息にも似た甘い吐息。


隣に並んでいるだけで、こんなにもドキドキしているのに――手なんて繋いでしまったら。耳がかあっと熱くなった。私は今にも心臓が壊れてしまいそうなのに、彼は少しもわかっていない。



「……」



ふと視線を感じる。銀時が何か言いたそうに此方をじっと見詰めていた。所在なく漂っていた右手を小さく握り、無言で私の横顔を眺めている。

何も言わないで欲しい。と思うと同時に、その柔らかな眼差しを今すぐ遮りたくて仕方なかった。恥ずかしさでどうしようもなく居た堪れなくなる。



「あの、さ」



ぽつり、零れ落ちた声音にどきりとした。あまりに優しいそれはまるで愛を囁くかのような独特の甘さを帯びていて。

銀時の足が止まる。戸惑いながらも、私はその少し先で歩を止めた。そしてあからさまにならないよう成る丈自然に、周りの景色に視線を移した。


二人の雪路を照らすように、光り輝きを纏った木々が縦列していた。彩り鮮やかなイルミネーションが、ただただ雪白の大気を包み囲んでいる。


眼を、奪われた。刹那、――背中に感じた、温もり。

ぎゅうっと抱き締められた途端に、しまったと思う。油断したほんの一瞬の隙をつかれて、全くのゼロ距離だ。私の全てを隠すものは、隔てるものは、もう何もない。止むどころか一層強くなるばかりの心臓の音も、火照るような肌の熱も、緊張に強張っている身体も――いやだ、見透かされて、しまう。


銀時はふっ、と微笑んだ。耳元に掛かった吐息にびくりと震え、更に熱が溢れ出す。感触が、消えない。彼の体温が背後から私を支配している。逃げられない。触れている部分から今にも溶け出してしまいそうだ。



「おまえ、さ」

「……な、なに?」

「何で避けてんの」

「な、何言って、」

「さっきからずっと、目も合わせたがらねーし」

「そ、そんなこと、」



ない、とは言えなかった。気付いていたのか、と羞恥心を煽られる。私はきゅっと唇を噛み締め、固くクロスされた彼の腕にそっと触れてみた。


どくん、どくん…――鼓動が増してゆく。どうしたらいいのか、わからない。どうしたいのかも、わからない。ただ好きで。ひたすらに好きで。どうしようもなく好きで。こんな気持ちは初めてで、銀時と過ごす全てに、戸惑っている、私が居る。


銀時は私の首筋をちゅ、と啄むと、俯いた私の頬に触れて。優しい手付きで後ろを向かせると、鼻頭にまたキスを落とした。


そして瞬間的に顔を真っ赤にしてみせた私をからかうように、しかし愛おしそうに、笑う。



「照れてたんだろ?」

「ち、違います……」

「ホントお前、かわいい」

「だ、だから違っ、」

「すっげーかわいい」

「ち、が……ちが、」



私の気持ちなんて、本当にお構いなしなのだ。どんどん彼のペースにハマっていって――気付いた時にはもうきっと、溺れている。溺れてしまっている。


唇に触れた指先は冷たくて、ひんやりと気持ちがよかった。

私の髪を撫でたり、そんな些細なことも全てひっくるめて、銀時が初めてなんだよ、と掠れた声で呟けば。一瞬目を見開いて、それからとても幸せそうに頷いてくれた。



「なんか、いーよな」

「え」

「……好きなやつの初めて、って」



銀時は私の目元を大きな手のひらで覆い隠すと、少しだけ強引に唇を奪った。いっぱいいっぱいの頭も胸も融解するような、熱いキスで惑わされる。

そして指と指の合間から見えた彼の頬は、ほんのりと赤く色付いている気がして――。


はらはらと、幸福の欠片がふたりの肩に降り積もった。






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