黒猫と魔女





「あーん、して下せェよ」

「え?なんで、……あー!それずるい!」

「なーにがでさァ」

「私が甘いの好きだって知ってて、最後のひとつだったパンプキンロールケーキを奪うなんて!」

「あァ、これねィ。欲しいならあげてもいいけど?」

「ほんと?やっさしーい」

「じゃ、その代わり……」



総悟はフォークを寄せ、ケーキを唇で挟むと、羨ましそうに眺めている私のもとへ視線を移し――甘い香りをのせた唇がゆっくりと近付いてきて…――



「はァァァい!!カットカットォォォ!そこまでね!!」

「チッ、邪魔が入っちまった」

「あぁぁ!総悟食べちゃった!ちょっと銀時さんっ、どうしてくれるの?」

「え?なに銀さん?銀さんが悪いの?」



秋も深まった神無月の終わり。人びとは笑い声を挙げながら、近藤の一声によって始まった盛大なハロウィンパーティーを楽しんでいた。

総悟はふたりきりの夜にならなかったことに不貞腐れているようだが、私は総悟が居ればそれで楽しいのだ。

口論を始めた二人の隣で私がくすくすと笑っていると、二人は顔を見合わせて頭を掻きながら腰を降ろした。



「つーかなんで旦那達もいるんでさァ」

「ただ酒くれるって、お宅のゴリラが言ってたから、しょーがなくだよ」

「へェ、しょうがなく?の割にちゃんと仮装まで用意してんじゃねーですか」

「成り行きだよ、成り行き」



銀時さんは銀色狼、ということだろうか。銀髪と同じ色の小さな耳を付けている。向こうで神楽ちゃんと新八くんは吸血鬼とミイラをしていた。新八くんのあれは無理矢理包帯をぐるぐる巻きにさせられたんだろうけれど。真選組の隊士達はほぼ全身コーデで、誰だか全く分からない人もいる。

そして総悟は――黒猫だ。最初はなんで?と言われたが、私が魔女だから総悟はお付きの黒猫。いつもと形勢逆転の優越感に浸りたくて、ついお願いしてしまったのだ。



「総一郎くんはいつもと同じ黒服なわけね。にしても……姫、可愛いなお前。銀さんに恋する魔法掛けちゃってー」

「え、か、可愛いだなんて」

「おー、可愛い、可愛い、ほらみんなお前のことばっか目で追ってるし」

「そんな、気のせいじゃ、」

「ないぞォォ!姫は真選組の紅一点、みんなの夢のおん――ぐはァァァ」

「近藤さんは引っ込んでて下せェ。……旦那も、あんま人の女にちょっかい出すと後ろから斬られるかもしれやせんぜ」



あ、なんか怒ってる。私が恐る恐る総悟を見れば、総悟は視線を逸らした。その代わり私のマントの裾を強く握ると、よろけた私を抱き抱えるようにして大広間を早足で歩き去る。

あ、やっぱり怒ってる。私は大人しく身を丸め、総悟の腕に抱かれたまま少しだけにやけた。ちょっと嬉しい、かも、なんて――思っている私は馬鹿なのか。だけどさ。やっぱり愛されてるって幸せ、なんだなあ。


総悟は私を自室に連れ込むと、丁度敷かれていた布団の上にふわりと優しく降ろした。そして私の首筋をペロリと舐める。

漏れる月明かりに照らされて、黒い影は伸び赤い瞳がゆらめいた。まるで本当に、――。



「……あ、総悟、飴いる?」



私は懐から小さな飴玉を取り出すと、色とりどりのそれを光に翳した。きれい。ぽつり、呟く。総悟の焦点があった。私をじっと捉えている。私は飴玉を差し出してにこりと微笑んだ。



「もっと甘いもんじゃねーと、俺ァ満足しやせんぜ?」

「え、あまいもの?」

「そう。だって今夜はアンタが俺を手懐けるんでしょう。それならもっと、俺を魅了するモンを差し出さねェと、だろ?」



総悟はくすり、微笑を浮かべ、私を手招きした。招かれるがままに近寄れば、私の頬を、唇を、ぺろりと舐める。

くだせェよ――、低い声が誘うように囁いた。甘くて可愛いアンタが欲しいんでさァ。そして総悟がぴちゃぴちゃと耳元を弄ぶから、私はぶるりと身震いしながら吐息を洩らす。



「ほら、魔女さん、従順な黒猫にご褒美は……?」

「……あ…、そーご、」



飴がころりと転がり落ちた。

私は総悟の背中に腕を伸ばすと、その温かな唇に自身のそれを寄せて――瞳と瞳が合う、彼の全てに魅入られる。そしてそのまま口内に味の残る甘美な接吻を施した。


結局、いいように手懐けられているのは私のほう?


けれどそれを心地好いと、そう思う。総悟の心音が聞こえた。とくりとくりと、私に安らかな愛を告げる音。

総悟の素肌に触れて、彼だけを感じて――嬌声を挙げる度に鼓動の音は加速する。



「、姫……っアンタは誰にも渡したくねェんでさ、ァ」




――今宵は無礼講、月明かりの導くハロウィンナイト。

愛を確かめ逢うもまた一興。






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