夢現できみを感じていた





「え――風邪?」



銀時は酷く驚いている。それが携帯越しでもよく分かった。いつものように気怠げな声ではあるが、それでも若干の違いに気付かないほど、私と彼の仲は浅くない。電波を通じて届けられる声が妙にくすぐったくて、私は瞳を閉じた。



「そう。だから今日の分の授業プリント、帰りに届けてくれない?」

「……ふーん、珍しいな。明日から氷河期が訪れるんじゃねーの。まァ別に構わねーけど、」

「んー、よろしく」



ごろり、寝返りを打ったと同時に咳が込み上げて来て、私は咄嗟に携帯を布団に押し付けた。

それこそ常に人を小馬鹿にした態度を取るが、何だかんだ言って、銀時は優しいのだ。だから心配させたくないという想いが心の大半を占め、そして弱味を見せたくないという強がりもほんの少し。

呼吸を整えると、私は再び携帯を耳にあてがった。



「なに、今の咳?そんなにひでーのかよ?」



銀時の声音が不安の色を帯びる。心配しないで、と言っても余計に心配しそうだから、私は敢えて笑い飛ばしてやった。



「どう、上手かった?私、意外と演技派だったりして」

「……、バッカじゃねーの」



ぷつり。呆れたような吐息を最後に通話は切れた。


バレたか、バレていないか、なんてもうこの際、どうでも良い。眠気が頭をもたげ、私は布団の中でうずくまる。正直かなり辛かった。こんな状態で電話を入れ、更に平然を装った自分を賞賛したいくらいだ。

学校が終わるまでまだ七時間はある。銀時が訪れる、それまでは…――、意識が朦朧として混濁すると同時に私の視界も暗闇に墜ちていった。



――あまい、あまい薫り。ふわりと鼻を擽るそれに、緩やかに意識が浮上する。まるで銀時みたい。そんなことをふと考えて、口元が弛んだ。そうしてゆっくりと目を開ける。視界で何かが煌めいていて、あまりの眩しさに目を細めれば、それはパッと振り返って。



「やっと起きたのかよ」

「え、ぎんとき」

「つーか電話から数分で来たのに、お前、熟睡だし。どんだけ具合悪いわけ」

「いやいや、は?意味わかんない。何でいるの?」



私が身体を起こそうとすると、銀時はそれを制し、私のおでこに手を当ててみせた。まだ下がる感じしねーなァ。そう呟き、ひんやりと冷たいタオルをぺたり、貼り付ける。私は固まったまま動けなかった。



「ちょっと……銀時、」

「あのさァ、お前忘れてね?俺、姫の彼氏だからね」

「それとどう関係が、」

「……好きなヤツが苦しんでいる時に一緒に居ない、なんてありえねーし」

「なに、それ」

「そのまんまの意味だろ。頼れよ。そうじゃねーと、お前が良くても、俺が何か微妙な心境になんの」



銀時は視線を少しだけ外し、いいからまた寝ろよ、と優しく告げると私の鼻頭に軽くキスをした。顔がほんのり赤くなる。コイツと居ると、熱が上がってしまいそうだ。

ふと時計を見遣れば、ゆうに四時間は経っていた。しかしそれでも眠気は消えず、とろんとした瞳の私はぼそぼそと話す。



「……合い鍵なんて、渡さなきゃよかった」

「残念でしたァ、今更おせーよ」

「ていうか銀時、学校は?」

「んー……サボった、みてーな?」

「……ばか」

「いーよ。馬鹿で。姫のためなら幾らだってバカになるぜ、俺」



うつらうつらとしている内に、私の目蓋は段々と重みを増して行く。銀時の手が、放り出された無防備な私の指先を捕らえた。ほら、もう寝ろって。

柔らかな声音に包まれながら、瞳を閉じれば。銀時が何時になく優しいから、夢でも見ているんじゃないかなんて思ってしまう、けれど――口許に触れた感触。合わさった温もり。



「――…おやすみ、姫」



それはやわらかなくちびるだった。





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