光陰に導かれゆくもの





ちろり。ちらつく赤。映える色をした舌が、幾度も見え隠れしては私を誘惑する。ちろり。生暖かい感触が肌に触れ、ぞくりとした。言い知れぬ快感に戦慄する。このまま溺れて、決して踏み入れてはならないエデンにまで堕ちてしまいそうだ。



「あ……っ、しん、すけ」



冷たい大気とは裏腹に、ますます熱を帯びる肉体。心までも熱に侵され、私は手探りに愛を求めた。必死に這う私の指先を彼の指先はいとも簡単に絡め取り、そして全てを包み込んで――私を秘地へと導かんとする。



「ククッ……、離すかよ」



余裕の笑みを浮かべた彼の唇から、ちろり、と、またそれが姿を見せ、そして汗ばんだ私の耳元をひと舐めした。ぶるり、身体が震える。しまりのない口許から小さく漏れた声は喘ぐかのようで、私はかあっと顔を熱く火照らせた。にやりと愉しげに笑むと、晋助は言った。



「――俺の傍に居ろ、」



俺がいいと言うまで、何時までも、永遠に、だ…――。





あの頃は、キラキラと、総てが輝いて見えた。春には色とりどりの花に囲まれ、夏には空からお星様が降って来て、秋には紅葉の中に宝物を見付け、冬には白銀の世界で眠りに就いた。今となってはもう、何もかもが過去のことだが。

しかしあの頃から――彼に出逢い、共に時を過ごした、子供の頃から、私には変わらない光があった。どうしたってこれだけは消えない、誰にも消せない、何時になっても私の眼前を照らしゆく煌めき。



「ねぇ、晋助、少し昔話でもしてみない?」

「……はァ?突然何を言い出すんだァ、てめェは」

「べーつに。ただ何となく、昔を思い出してもいい頃かなあなんて思っただけ」

「俺ァ耽る思い出なんざ、何もねェよ」



煙管をふかす彼の瞳はじっと外を捉えていた。私が窓枠から身を乗り出して、何かあるのかと訊ねれば、晋助はふうっと紫煙を宵闇に向けて吐き出して。



「……昔はもっと、月も美しい色をしていた、か」



その声音にはほんのりと、郷愁の色が混じっているように思えた。


半月を仰ぎ見る。私は首を軽く捻った後、ちらりと隣を盗み見た。まるで同じに見えるが、晋助にとっては違うのか。そしてふと、彼の瞳に映る世界を見てみたいとそう思った。

昔、ふたりで視た輝きの数々はもう彼の瞳には残っていないのだろうか。それは少しだけ、悲しい。だって私の世界にはずっと変わらぬ光が見えている。



「晋助、私はね、月よりももっと綺麗な輝きを知ってるよ」



其れは色褪せないヒカリ。

愛するひとを恋い慕う想いが叶えた、一筋の希望。私の世界を形作る唯一無二の絶対。

喩え闇に覆われたとしても、それさえあれば生きてゆける。つまりは――私を連れゆくのは、晋助しかあり得ないのだ。


私は彼の背中に腕を回すと、ゆるりと抱き付く。晋助にも見付かるといいね、と穏やかに微笑めば、彼は自然と私に視線を移した。交わる。

私が照れ隠しに俯き、腕を離そうとすれば、ぐいっと強い力で引き寄せられた。そして有無を言わさず抱き締められる。


刹那、彼の瞳の奥で優しさと温もりとが揺れて、私をいともたやすく引き寄せてしまった。



「――光なら、知ってる」

「え」

「お前に言われなくとも、もう、とっくに、」



溢れる吐息。そのまま重ねられた唇に、愛されていると実感せずにはいられない。それほどまでに柔らかな接吻で。



――…みつけてんだよ。



息を呑んだ、彼の声は、そっと風に包み込まれて、溶けた。





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