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俺は弾かれたように顔をあげた。思わず木刀を放り上げたままの状態で固まったから、カラン、当然の如く行き場を無くしたそれは落ちて床を転がる。

どうにも懐かしいような想いが胸を焦がし、衝動が俺の胸を貫いた。腰が浮き、自然と両脚が動き出す。自分でもよく分からなかった、しかし歩め歩めと言い知れぬ感情が急き立ててくる。


そうして玄関前に立つと、俺は躊躇する事無く力強くそこを開けた。



――はっと、した。



其処には何時か見た、銀世界が広がっている。煌びやかな瞬きを魅せる白が視界を覆い尽くして、目頭が熱くなった。愛する彼女によく似た色彩だと、驚きに目を丸くする。それはあまりに不意打ち過ぎて、泣きそうだった。


しかし、それ以上に。


ある一点が、俺の目に焼き付いて。俺の心にしがみついて、離れない。



「…あ……」



零れた吐息が大気を歪ませる。俺の中からも真白は吐き出されて、それは名残と共に掻き消えた。


うまく言葉が発せられない。どうしたらいいのか分からない、どうしたいのかも分からない。ただ、ただ、ただ―――雪景色の中、確かに其処に存在している命の芽吹きに、彼女の姿を見た。彼女の姿が、重なった。



「、姫……?」



小さくうずくまっていた少女は静かに寒さに震えていた。しかし俺の呟きが届いたのか。円らな瞳が此方を覗き、目と目が合った瞬間、ふにゃりと表情を崩して。華のように笑う、それは、まるで――。

ごくりと息を呑むと、俺は両腕を伸ばした。少女は首を傾げて、それからやはり恐れる事を知らない、穏やかな笑みを咲かせた。


一目見て捨て子だと分かった。何でも屋と聞いて、子供を門前に置き去りにされたのはこれが初めてではなかったから。だから別段不思議ではないのに、しかし俺は驚愕していたのだ。


生き写し、とはこのことか。



「……わたし、あなたに会いに来たのよ」



その言葉の意味を、少女が知っていたのかどうかは定かで無かった。しかし幼いながらも何処か甘い声音まで、彼女にそっくりな気がして心臓が震える。



「お前、どっから来たの」

「わからない」

「分からないって、」

「だってわたし、親なんて知らない。だからあなたに会いに来たの」



――万事屋の、銀ちゃん?



ああ其の声で、其の笑顔で、俺の名前を呼ばないでくれ。

込み上げて来る熱をもう抑えきれなかった。彼女はもう居ないのに、どこにも居ない、筈なのに。全てが重なって、愛しい、その感情までもが湧き上がって来て。


俺は少女の腕を優しく掴むと、軽く引っ張って立ち上がらせた。自分が今どんな顔をしているかなんて、気にしている余裕は無くて。驚いた顔をしたままでいる少女の背中にそっと腕を回した。



「悪ィ…。でも少しだけ、このままで、居させてくれ……」



声が震えているのが自分でも分かった。頭上から包み込むようにして抱き締めれば、少女は力を抜いて俺に身を任せた。ぴたりと寄り添う体温が、どうしようもなく懐かしくて。

見えてはいないだろうと、涙で濡れた顔を隠すことはせずに俯けた。ぽたり、地面に落ちたそれは、じわり、雪解けに混じって滲んで行く。


嬉し涙なら、構わねーよな。


俺は苦い笑みを浮かべながら、きゅっと更に強く抱き締めた。



「……わたしをここに置いてくれますか?」



ふいに、少女の両腕が俺の背中に伸びて来て。



「あなたと一緒に居て、いいんですか……?」


困惑気味な声音で問い掛ける、少女は俺にしがみついた。



「――あァ、」



小さく相槌を打てば、俺と同じ、くちゃくちゃになった顔をパッと上げて。それから長い睫毛を伏せると、一筋の雫がその滑らかな頬を伝った。嬉しい、少女は吐息に似た言葉を零す。


それはまるで、奇跡だった。



「二度と、離さねーから」



強く強く唇を噛み締めれば、少女は優しく、儚く、それでいて愛らしい笑みを浮かべて。


――おはよう、と。

脳裏に浮かぶ最愛のひとが微笑んだ。


奇跡とそんな幻は交じり重なり合って、やがてひとつの幸せへと変わった。譬え世界がどうあろうと、俺と彼女は絶えず共に在る運命なのだ。



昼下がりの大きな太陽が雪路を照らし、屋根から垂れた氷柱が眩しそうに目を細めた。世界が輝きに満ちた其の瞬間、俺は包み込めるだけの小さな温もりをギュッと抱いて。一生護り抜いてみせると、ただ心に誓いをたてた。






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