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目覚めれば、そこには何時もと何ら変わり映えのない光景が広がっていた。


――天井に染み付いた黒い斑点模様の染みも、寝返りを打っただけで軋むソファも。


ふと、あまりにもしんと静まり返った室内に違和感を覚えた。そう言えば、あの騒がしいチャイナ娘は一体何処へ行ったのだろう。しかし一人寂しい朝の時間は、寝起きの悪い俺にとっては丁度良くて。


――視界の端に映る、手を伸ばせば届く木刀も。


気怠く思いながらも上半身を起こすと、机上に並べられた苺牛乳と朝御飯を見た。御丁寧にサランラップまで掛けられた玉子焼きに手を伸ばすと、まだ幾らか温かいそれをひょいと口に放り込んだ。


――漂う苺牛乳の甘い香りも、口内に広がった新八の味も。



「……いつもと同じ、かァ」



特に深いことを考えていた訳ではなかった。しかしふいに唇から零れた小さな呟きに、何と無しに悲しくなった。


そう、何も変わらない。この街もこの部屋も、何一つ変わった物なんてありはしない。

――彼女がいない、ただそれだけで。無関心を決め込んだ世界はゆるりゆるりと廻り続ける。俺と同じ世界を共有していた筈の彼女はどこにも息づいていないのに。彼女を置いてきぼりにして、まわりつづける。


しかし悲嘆に暮れてばかりではいられないことを俺は知っている。だから誓ったのだ、姫の為にも。もう迷うことはしない、と。開かなくなるほど眼を泣き腫らさせるのは、生涯であの日を最初で最後にした。

彼女を失って初めて、自分は女々しい男だったのだと気付いて嘲笑ったりもしたけれど。



『どんな逆境でも前にだけ突き進む――それが、彼女が惚れた貴方でしょう?』

『銀ちゃんは大馬鹿ネ。だって……ッ姫はとっても幸せだったアル!』

『独りで抱え込むなんて狡いですよ……。僕たちもっ、一緒がいいです、』



姫の面影を追い掛ければ追い掛けるほど、それは泡沫のように消え、代わりに神楽や新八達の笑顔が記憶されていった。俺は護るべき人々に支えられ、見失いかけていた世界に気付かされた。きっとそれは、そういうことなのだろう。



――銀ちゃん、



ああ、彼女は何時だって前を向いて歩いていた。何時だって、俺の手を取って。俺の隣で。俺の行く先が真実だと信じて疑わなかったのだろう。

俺は応えなくてはならない。彼女の想いを裏切ることだけはしたくなかった。


故に、俺は、誓う―――。



「……はァ…、まったく…ヒーローは辛いもんだわ」



溜め息混じりに苦笑をして、俺はソファの背面にもたれかかった。そして苺牛乳を一気に飲み干した、――刹那、室内に電話の呼び出し音が鳴り響いて。






》to be continue..




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