B





──ピー…──



病室内に無機質な機械音だけが鳴り響く。それが何を告げる音かなんて、分からない。分かりたくもない。しかし無慈悲にも彼女の手は俺の手から滑り落ちて。いやだ、と必死で握り直すけれど、それでも単調な音は鳴り止まない。

余りにも耳障りなそれに俺は耳を塞ぎたくなった。ああいっそのこと何も聞こえなくなればいいのに、なんて。


本当は、心の何処かでは分かっていたのだ。これがふたりで見る最初で最期の雪なのだと。次第に力を無くして行く彼女に、薄々感づいていたのだ。――ただ俺が、信じたくなかった、それだけで。



「くそ……くそっ!守って、やれなかった……ッ」



震える唇を血が滲むほど噛み締めた。強く強く握った手は何の意味も持たない。頬を伝う、雫さえも、今は要らない。ただひたすらに行き場の無い感情だけが渦を巻く。

姫が俺にくれたこの胸一杯の幸せを、俺はどれだけ彼女に返すことが出来ただろうか―――。



自分の中の姫は、いつだって温かい手をしていて。いつだって太陽のように笑っていた。



『銀ちゃん』



嬉しそうに幸せそうに、何でもないことで俺の名前を呼ぶ彼女が、好きだった。



『もう、馬鹿。そんな事ばっかり言ってるならキスはお預けだからね』



俺が悪戯を言っては口を尖らせて、けれど優しい眼差しと笑みを手向ける彼女が、愛おしかった。



『わ、私も…っ…銀ちゃんが、だいすき』



愛を囁かれては恥ずかしそうに顔を赤らめて。それでも一生懸命に愛を伝えてくれた彼女が、大切だった。



『こんな毎日がずーっと続けばいいなあ』

『だってそうすれば、何時までも一緒に居られるよね?』



――ああ、こんなにも。俺の中身は彼女で満たされている。


どこまでも無垢な彼女を、守りたいと思った。幸せにしたいと誓った。何時しか彼女こそが俺の人生の総てになっていて、彼女になら一生を捧げるつもりでいた、のに。

記憶だけでは物足りない。俺が心底惚れたその声とその笑顔で。永久に、永遠に、何時までも笑っていて欲しいとそう願っていた、なのに、どうして。



「なァ、早く起きろよ」



目の前で眠る最愛のひとは、今にも目を醒ましそうで。自分の名前を呼んでくれそうで。


それでも確かに、もうここにはいない──。


こんなにも愛していたのに。こんなにも愛されていたのに。固く閉ざされたその瞳は、再び俺を映すことが無いのだと。

冷たくなったその掌に、俺はただひたすらに彼女の温もりを探した。彼女はもう居ないのだと、悲しい現実をより突き付けられるだけなのに。

それでも、俺は――


誰よりも何よりも、おまえをあいしていたんだ。






》to be continue..




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