刹那的感情論





ガタンゴトン、と電車のように小さく身体を揺られる感覚を感じて、私はふと目を覚ました。けれどそれよりもずっと温かくてずっと心地好い。

微かに紫煙の香りが鼻を擽ると、私は自分を乗せるモノの正体に気付いた。めんどくせェ、と呟いて、しかしぎゅっと強く身体に絡み付く腕の感触。決して落とさないようにと、壊れ物を扱うように大切そうに私を抱えている。だいすきなだいすきな、――広くて大きい背中。



「晋助ー、おもいー?」

「やっと起きたかよ。重いと思うならさっさと降りろ」

「えー、やだよー」

「じゃァ聞くんじゃねェ。全く、てめェは世話が焼ける」



辺りはすっかり真っ暗で、夜の帷が下りている。晋助の黒髪から私の香水の薫りがして何だかくすぐったかった。なに笑ってんだと目敏く指摘され照れ隠しに身じろげば、晋助は慌てたように私を抱え直して。



「このバカ、落ちてェのか」



ほんの少し荒立てた声で私を諫めるのも、愛故にだろうか、なんて思ってしまうのは私の頭が晋助の熱に浮かされているからに違いない。どうも視界がぼんやりとしたまま、焦点が上手く合わなかった。背中にもたれ、感じるのは、彼が呼吸する音と触れ合う温もりと、やはり慣れ親しんだ紫煙の薫りと。



「えへへ、晋助の身体って、すっごくあったかいんだね。熱いくらいだよ」



私は頬を赤く染め上げてポカポカと蒸気しながら言う。



「……何言ってんだァ?姫の方に熱があんだろ」

「――え?わたし?」

「お前、会合中にぶっ倒れやがったんだぜ。忘れたのかァ?」



晋助は呆れながら返すと、少なからず驚いていた私に更に呆れたように溜め息混じりに笑みを零した。能天気な女だ、と。



「うそっ!?じゃあ会合は、」

「あんなの茶番だ。どうだっていいさ。それより今は、」

「全然良くないっ。ごめん、私のせい、で――…?」



少し黙っとけ、と言うなり、晋助は私を背中から下ろした。くるりと振り返り此方を覗く瞳が灯りに反射して煌めく。しかし彼は怒ってなどいない。優しさを失わないその声音は、きっと、他の人ではまず聴くこともないのだろう。


私だから、私にだから、晋助は―――。


それは根拠のない妄信だけれど、私は伝えられる全てに心を感じていた。彼の密かな愛を受け入れ、私もそれ以上の疑いようのない愛を注いで。これは決して自惚れではない筈だ。

私は、晋助に、――あいされていると。


どきり、とする。熱を帯びた視線が絡まり合い、ふと伸ばされた両手に輪郭を支配された。ただでさえ熱かった身体が更に熱を発し始めてくらりと眩暈がする。そんな私を知ってか知らずか、彼は愉しそうに笑った。



「ククッ――…あァ、弱った姫を見るのも悪くはねェな。だがそんなに辛けりゃ、移しちまえよ」


――俺が、お前を蝕む全てを受け止めてやらァ。



紡がれる言の葉に、ぬるま湯に浸かっているような錯覚さえ覚える。私が何となしに瞳を閉じれば、晋助の顔が近付いて来て、そして触れた柔らかな感触。甘く儚い刻をのせたその唇。

身体はとてもとても熱いのに、気怠さは快楽に変わり、湧き上がる熱はもうどちらのものとも判らなくなる。淘汰して。緩やかな幸福に包み込まれた。


これだけは忘れてくれるな、と銀の糸を引きながら彼は紡ぐ。暗闇に溶け込んだその瞳は私だけを映し出し、そして其処に映る私も彼だけを見詰めて。



「俺が護りたいのは、いつだって――お前だ」



真摯な隻眼に告げられ、私はコクリと頷いていた。

今晩の晋助はどうにも甘くて調子狂うなあ、なんて。嬉しくも恥ずかしくも照れ笑いをすれば、その刹那、つうと頬を伝う一筋のしあわせ。


暑い夏夜にゆらりと浮かんだ星屑。晋助に抱き締められながら、そっと私は泣いていた。





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