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「――ねえ。なんか最近、薄くない?」

「……は?」



不躾な私の言葉に、ソーゴはきょとんとした顔をして自身の脳天に手を当てる。違う違う、と私が首を横に振ると、彼は怪訝そうな顔をして。それからあァ、と閃いたように笑った。



「もうすぐ三年経つしなァ」

「何から?」

「んー、俺が死んでから?」



ソーゴは感慨深く呟いていた。


そう言えば。以前、彼に聞いたことがある。死んだら皆幽霊になるかと言われたらそうではなくて、死んだ時に未練がある者の中で、稀にこういったことが起こるのだと。

じゃあソーゴの未練って?



「ねえ、ソーゴは未練があるから此処に居るんだよね」

「あー…、正確にはあった、かなァ。今はもう綺麗サッパリ」

「それ、…聞いてもいい?」



ソーゴは一瞬迷ったように目を伏せると、それから話し出した。

両親はいなかったけれど、大切な姉が居たこと。だが事件に巻き込まれ、そして彼女を守り通せなかったことが多分、自分の未練だったのだと。因みにソーゴはその事件で死んだらしい。



「でもさ、その事件の傷がきっかけで、姉上ももう二年も前に亡くなってんで」
「だからもうこの世に未練はない、ってこと?」

「そーそー。なのに何でか、すぐには消えれなくて。ずっと独りで不思議に思ってたら、姫と出会ったんでさァ」



今では消えるのが少し寂しくなっちまったなァ、なんて本当に寂しそうに呟くから、私は思わず彼に手を差し伸べて。なら消えなければいい、と笑った。

しかしソーゴの顔は壁のように無表情を映し出す。それからぽつり、と。



「悪ィ、ダメだ。……タイムリミット、なんでさァ」



ソーゴは差し出された手から目を逸らした。

漂った魂がこの世にとどまり続けることは不可能で。保てて、三年。それが幽霊の期限なのだと。だから三年経てば――。


私はソーゴの唇を急に恐ろしく感じた。それ以上言わないで、だって、その通りなら――。

ウソよ、私は呟く。彼は首を振った。嘘よっ、私は叫ぶ。彼は何も言ってくれない。



「……っ、残る方法、あるんでしょ!?」

「無くは、ねェけど、」

「じゃあ…っ、」

「取り憑くんだよ、誰か、生きた人間に。呪いみてーに。この世の生に執着して」

「とり、つく……?」

「そ。でも、そんなストーカー紛いのことしたくねェし。それに何より――、」



取り憑くということは、その人間が死ぬまで半永久的にその者の傍らで、付き纏うこと。それに何が起こるか分かったものじゃない。

ソーゴは苦悶の表情を浮かべて、呻いた。――俺のせいでソイツの人生を滅茶苦茶にしたくない、と。



「なら、私に取り憑いてよ」

「その覚悟もねェのにっ、簡た、んに、――…っ」



目と目が合う。私の瞳は真剣だった、怖いぐらいに。ソーゴは思わず言い掛けた言葉を呑み込んで、それから私に背を向けた。その背中は、震えていた。



「……何でそこまでしてくれんでさァ。姫には関係ねェ。もういいから、俺のことは放っておいてれよ」

「関係なくなんて…、ない。好きだから――、それじゃ理由にならないの?」

「でも俺は…っ、アンタに何もしてやれねェんでさァ!触れることも……っ叶わねェ」

「、それは違うよ」



自分が自分じゃなくなる。溺れて沈んで絆されて、もう解放されることはないのかもしれない。けれどすっかり魅了されてしまった私は、それでもいいと思った。ソーゴから離れることが出来ないのならば、離れなければいい。ずっとこのまま、彼の隣で彼を感じながら呼吸する。なんて素敵な御伽話だろう。

私は不変の愛を望んでいた。移ろいゆく世界でただひとつ、変わることのない、――唯一、絶対の。そんな何物にも代え難いモノを彼は私に与えてくれた。幸福という名の平穏と一緒に。


それだけで、それだけで、もう充分なんだよ。


ソーゴと出会って、私の心は満たされた。他には何も考えられないほど、ソーゴでいっぱいいっぱいなのだ。

だから、だからそんなに悲しい顔をしないで。いつもみたいに笑って。私は共に在ることを心から望んでいるのだから。



「ねえ、お願いよ、ソーゴ。いつまでも私と一緒に――…私の、傍にいて?」



刹那、ソーゴの身体はキラキラと輝きを放って。幻想的なそれはどこまでも儚く。煌めく光の中で、彼は吸い込まれるように消えてゆく。


私の願いは届いただろうか。

私を選んでくれただろうか。


くらりと眩暈がした。聞こえるのは自身の呼吸音だけで、もう其処には何もない。喪失。そして視界は、暗転した。






――目を覚ますと身体が少し重たかった。視線を巡らせれば、私の両脚を透けて出ながら寝息をたて、眠る誰か。否、愛しいひとの姿。

あぁ、そっか、よかった。無意識に安堵の溜め息を零すと、むくりと起き上がったソーゴと視線が交わる。



「なァ。取り憑いてるって、なーんか格好悪ィから、」


――俺ァ今日から、アンタの守護霊ってことで。



にやり、彼が笑う。しょーがないなあ、と私も笑う。そんな些細なことだけれども何だか久し振りに笑った気がして。嗚呼やはり幸せなのだ。

暖かな風に包み込まれた。私達の本物の笑顔は、きっとどんな宝石よりも美しいのだろう。






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Title Thanks:空想






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