夕陽が沈もうと、此の手は繋いだままで





夕暮れの帰り道、辺り一面橙色に包まれる中、私はとぼとぼと覚束無い足取りで歩いていた。夕焼け空はこんなにも綺麗なのに、それを純粋に綺麗だと感動することができない。意味も無く私の心は沈んでいた。


黒いふたつの影法師が道に沿って伸びている。

早く帰ろう、と。私は通学鞄を肩に掛け直して、やや歩幅を大きくした。けれどそんな私の気持ちなんて露知らず、隣を歩く彼は此方を覗き込んで来て。



「やっぱり。何かさ、今日元気ないよね?」

「え……、そう?」

「顔色も良くないみたい」

「……そう、かな?」

「うんそう、絶対そう」



こくりこくりと頷く神威にちらりと視線を移せば、本当に心配そうな顔をしていて。どうにか誤魔化そうと、私は咄嗟に目を逸らした。

しかしそれも一瞬のことで、――ふわり、と。額に当てられた温かな手に戸惑い、彼を振り仰いでしまう。見れば、熱はないね、なんて真剣其の物な表情をしているから、私は思わず泣きそうになった。


私の事でそんな表情しないでよ。期待、しちゃうじゃん。



「神威って案外目聡いよね」

「あれ、ひょっとして誉められてる?」

「残念。違いますぅ」



――だって、いつもそうだ。

私は何でも無い振りを装っているのに。多分、何時もと大差ない言動をしていると思うのに。どうしてだろうか。何故か神威にはバレてしまう。我ながら上手く隠せていたと思えても、いつも、いつだって、神威はいとも簡単に見破ってしまうのだ。


ほら、不思議でしょ。その度に何でだろうなあと首を捻ると、何でだろうね、なんてまるで私の心を読んだかのように、にんまり微笑んでみせるから。



「可笑しいね。神威には何で分かっちゃうのかなあ」

「別に誰の変化でも分かるってわけじゃないんだよ?」

「え。じゃあ何で、私は?」

「そりゃ……姫のことはいつも見てるし。あ。これ、自慢だけどさ、君のことなら大抵は分かる自信あるんだよね」



神威は私の頭をくしゃくしゃに撫でた後、ね?、と笑みを浮かべた。本当は凄く嬉しい筈なのに、ひねくれ者の私の胸はすぎりと痛みを訴える。


ねえ。それは、――幼馴染み、だから?


ずっとずっと、神威が好きだった。出会った頃は今よりもっと生意気な奴で。けれど何だかんだで目が離せずに、幼いながらに私が神威の面倒を見てあげないと、なんて思っていたのだと思う。一緒に遊んで、共に時間を共有して、――次第に私は心惹かれて行った。

辛くても悲しくても張り付けたままの笑顔が寂しくて、傍に居たくて。私が笑ってみせれば、あどけない純粋な笑顔を零すから、――愛おしくて。



「どうかしたの?」



黙り込む私に呼び掛ける、神威の声は優しい。だから全てを委ねて、甘えてしまいそうになる。投げ出して、しまいたくなる。



「なんでもない」

「嘘だ、隠さないでよ?」

「……隠さなきゃ、いけないこともあるんだよ」



ずっと続くと思っていたのだ。私の隣には神威が居て、神威の隣には私が居て。何時だって一番近くにいるのは自分だと、自惚れていたのだ。


今日、彼に告白する女の子を見るまでは――。


ああ、このままじゃ何も変わらない。私だけの権利だったそれも、何時かは剥奪されてしまって。違う誰かが神威の隣で微笑んでいる、恐怖感。それでも、この関係が壊れてしまう位なら、言わない方がいいなんて考えている私は、どうしようもなく臆病者だ。


俯いたまま、顔を上げることが出来なかった。きっと神威は私を心配してくれている。それが分かっているから、余計に、こんな邪な感情を抱いたまま彼を見られない。

はあ、と溜め息を吐く音がして、視界に白い指先が侵入して来た。それは私の唇をなぞると、随分と頑固な口だね、と呟いて。



「姫の心が固まるまで、俺は何時まででも待つつもりだったんだけどさ、……やっぱ、焦れったいなァ」



神威の指先がゆっくりと動き出す。唇から輪郭、首を伝って、最後に肩に触れた。それからとんとん、と私の肩を軽く二回叩くと。――安心して?声だけで、分かった。いま神威は飛び切り温かい笑みを携えて、私を見ている。私だけを、見てる。



「俺の居場所は、ここだよ。君の隣、君に一番に触れられる場所、……ね?それだけは絶対に変わらないから」



だから、姫……、もういいでしょ――?


神威の呼び掛けに顔を上げた、其の瞬間、瞳に飛び込んで来たのは眩い煌めき。夕陽に照らされて光を纏う神威が、私の大好きなその笑顔で、穏やかに微笑んでいて。



「ほら、俺にしては、充分待ったと思わない?」



――俺、君に恋してるんだ。







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