とある魔王のラヴ・ストーリー





俺とお前は二人でひとつ。


お前を善だと云うのなら、俺は悪だと呼べばいい。それで彼女が永遠に笑っていてくれるなら、俺は少しも辛くない。

お前を救えるためなら、此の命など惜しくも無い。けれどお前を守る為なら死ねる、なんて言ったらきっと彼女が悲しむから。だからそっと息を殺す。



「総悟っ、どういうこと?」

「何でィ。怒ったら可愛い顔が台無しでさァ」

「私は真剣なの!知ってたならどうして何も言わないのよ」

「なんのこっちゃ」

「とぼけないでよ……っ。わたし…、ずっと、知らなかった……」

「オイ、姫?」

「総悟がっ、魔王、だなんて呼ばれてるなんて……知らなかったの…」



お前は優しいから、きっと困らせるとは分かっていた。けれど俺のことなんて気にせず前だけを向いていればいい、と。

俺は能面のように張り付いた薄っぺらな無表情を、彼女の前でだけは微笑みに変える。そうしてその柔らかく滑らかな頬を撫でてやれば、自然と温かな気持ちが広がった。まるで彼女の優しさをお裾分けされたみたいだ。



「何でお前が泣くんでさァ」

「だって、総悟が泣かないから……っ。総悟の代わりに、私が泣いてあげてるんじゃない」



俺が眉根を寄せれば、彼女は顔をくしゃくしゃにして見せた。そして俺の胸に縋り付いて、泣きじゃくる。どうして泣くのかと呆れ返るけれど、逆を想像して見て閉口した。けれどお前を悪にするなんて、俺が絶対に許さないから。

こんなの可笑しい、と叫ぶ彼女の喉元をゆっくりと撫でてから、俺は口許に人差し指を当てて。しーっ、と笑ってみせる。



「どうして…、どうして総悟は笑ってられるの」

「そりゃァ、姫が笑ってくんねェから、代わりに笑ってあげてんだぜィ?」



バカ、と彼女は俺の胸を叩く。その胸をちらりと眺めて、俺は魔王かァ、と反復した。


もちろん。俺には尖った牙も、鋭い爪も無ければ、真っ黒な角も無い。デスボイスが出る訳でも、口から火を吹く訳でも、地獄を統治している訳でもない。この鉛のような王冠さえ無ければ、ただ平凡な青年だ。

しかし老若男女を問わず民は皆、俺に跪く。俺に向けられる眼差しには何時だって畏敬の念が込められていて。気付けば、奇妙な異名が付いていた。全く馬鹿馬鹿しくて、笑ってしまう。しかしこれが本望なのだと、俺は今日も魔王として国の頂点に君臨する。


彼女はそんな俺の隣で民に笑顔を届ける、女神みたいな存在で。穢れを知らない彼女を染めるのは、何時だって、ひたすらに純白。そうなるように俺が仕向けて来たのだから。



「ねぇ、総悟、」

「ん?」

「辛かったら、抱え込まないでね。悲しかったら、私にも半分分けてね。……お願い」

「んー…、考えときまさァ」



別に重荷などでは無いから、そんな感情を持ったことはない。だから俺は曖昧に流すと、今度は彼女の艶やかな前髪が掛かる、円いおでこに口付けた。


拍車喝采、表舞台に立つ彼女とは裏腹、独りきりには慣れていた。どうせ最初から分かり切っていたことだから。俺は彼女以外、誰も信用してはいけない。近寄って来る者は皆下心を持ち、今までだって幾度も痛い目を見て来た。国王なくして国は成り立たないと。そう言われ続けて来たから、分かる。国王はそう簡単に揺らいではならないのだと。

だから俺は常に背筋を伸ばし胸を張って。自分の弱さをさらけ出してしまわぬように、他人を求めてしまわぬように。彼女の光を引き立てる影として、悪者を演じ続けて来た。



「姫。俺ね、姫さえ居てくれれば、そもそも他はどーでも良いんでさァ」

「え…、なにそれ」

「そのまんまの意味。……だから一生、お前は俺に愛されてなせェ」



いつか夢見た、ヒーローに憧れていた。民から親愛の念を捧げられ慕われる国王――、そんな理想像とは全くの懸け離れた姿となっていたけれど。ならば俺は俺らしく。最後まで、ただひとりの大切な女性だけは守り抜くナイトで在ろうと――。

自分に誓った道だった。それであの輝ける笑顔を保てるのだと知ったのだから後悔は無い。


にやりと笑み、最後に奪ったのは彼女の唇。柔らかな膨らみに自分の唇が触れた瞬間、その温もりに眩暈がした。驚きに見開く大きな瞳が可愛らしくて、ちゅううっと思い切り吸い付いてやる。そして離した途端に、荒く呼吸を繰り返す彼女に、俺は余裕の表情をしてみせ。



「俺も姫も幸せになれる方法、特別にひとつだけ教えてあげやすぜ?」

「…な…に?」

「お前がずっと笑顔でいること、……たったそれだけでィ」



お前は太陽だった。星だった。虹だった。――俺を明るく照らす、希望のすべてだった。

だから俺の隣で永久に、輝き続けて居てくれないか。お前の幸せは変わらず俺の幸せになるのだから、と。


俺とお前は二人でひとつ。

愛する気持ちも共にひとつ。

だから此の愛しさは、生涯お前にだけ捧ぐのだ。






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Title Thanks:空想






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