甘くほろ苦い、それは





やり手のイケメン上司、と聞いて放っておく女性は果たしているのであろうか。私の上司である土方さんは稀に見る、素敵で頼れるイイ男≠セ。それを鼻に掛けない所もまた人気の要因に違いない。

そんな彼が、どうして私のような凡人に気を留めてくれるのか―――私は不思議で仕方ないが、私達は世間一般に言う、恋人同士≠ナあった。


職場には知られていない、ふたりだけの秘密。土方さんはいつも、誰にも邪魔されたくないのだと笑う。そんな彼に私は誰よりも魅了されていた。




「――終わったか?」



突然声を掛けられて、びくりと肩を震わせた。

折角のバレンタインなのに残業にしちまって悪いな、と彼は申し訳なさそうに眉尻を下げているが、此方はそれどころではない。隣に立って私を覗き込む土方さんの顔が余りに近くて、ドキドキする。綺麗な唇から漏れる声を意識してしまったが最後、私は顔を真っ赤にさせた。



「あ、あの……っ」

「ん?何だよ」

「か、顔、近い…です」



首まで赤く染まった私が震える声を絞り出せば、土方さんはきょとんと目を丸くした。それからあァ、悪い、と後退すると私の隣の席に腰掛ける。切れ長の目が少し大きくなった様に、可愛いなあなんて思わず考えていれば、土方さんはくすりと小さく笑って。



「かわいい」

「え!?」

「その反応……俺のこと、意識してくれてんだろ?」



思っていた事を言い当てられたと思い、焦る私を余所に土方さんは微笑む。それがあまりに嬉しそうだったから、私も火照った頬を弛ませて、無意識に笑い返していた。



「……姫はそうやって笑っている顔が、一番似合うぜ」



さらりと甘い台詞を吐く土方さんは、やはり格好良いとしか言いようが無い。それが女性にとっては口説き文句になっていることなど、分かってはいないのだろうけれど。

私は恥ずかしさに顔を俯けたまま、手元に残っている資料を探っている振りをした。


時計の長針は、もう少しで頂上を指そうとしている。



「あ……これを片付けたら、終わりです」

「そうか。送ってく……と言いたい所だが、今日はうちに止まってけよ」

「え、そんないいですよ。自分で帰りますから」

「いいんだよ。俺がそうしたいだけだから」



それに、言っただろ?

土方さんは何かを企んでいるようだった。にやりと一瞬不敵な笑みを浮かべたかと思えば、鞄からひとつの小箱を取り出して。ピンク色のリボンが掛けられた、それ。



「ハッピーバレンタイン」



折角のバレンタインだ、って。

渡されたチョコに驚いて、ぱっと土方さんを見上げれば、彼は得意気な顔をしていた。それから開けてもいいですか、と気分を高潮させて訊ねれば、頭を優しく撫でられる。


開けた瞬間に広がった、チョコの甘い香り。色とりどりのトリュフが美しく並べられたそれに、感動の声を漏らせば。土方さんは満足そうにゆるりと笑って、その内の一粒を摘むと、口開けろよ、と囁き。素直に開いた私の口内に、甘くもほろ苦いチョコを転がした。



「お、美味しいです……」

「そりゃ良かった」



本当は味なんて考えられない程、心臓がバクバク早鐘を打っていた。頭の中が全て土方さんでいっぱいになっていて、収まった筈の熱が再び上昇して来る。土方さんはそんな私の動揺を知ってか知らずか、穏やかな瞳で此方を眺めていて。



「それ、もらっていいか?」



あ、土方さんも実は甘党だったんだ、なんて。どうぞ、と私は小箱を差し出した。するとそこからまた一粒摘むと、私の口に放り込み、そして当然のように顔を近付けて来る。

――ま、まさか。目を見開いたまま固まった私の唇に、彼の唇を重ねられた、刹那、容易に舌が侵入して来て。そして口内を舐め回されている内に、漸く追い付いた思考が土方さん、と彼の名を呼んだ。



「あっ、ふ……や、め、」

「………黙って」



チョコよりも甘い囁きに、生理的な涙が零れた。愛ある熱情が私の胸を焦がし、じりじりと土方さんへの想いを募らせ。呼吸も出来ない程の気持ちよさに瞳を閉じれば、土方さんの腕に引き寄せられた。


ちく、たく。秒針が刻みを告げ、長針が遂に真上へと動き出そうとしていた。

一日の終わりに甘美なキスに酔いしれて、私は土方さんへと自身の全てを預ける。身体も、思考も、心も、何もかも。ただ土方さんによって満たされ行く――。


溶けてしまったチョコレートは、ころり、土方さんの口内へと転がり落ちて。けれど絡まり合ったそれはもう、どちらのものとも分からなくなっていた。





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