疑惑をも呑み込む「いま何時だと思ってる?」 まだ寝癖のついたままの髪をひと撫でしながら大きく欠伸をすれば、浴びせられた第一声はそれだった。 窓から降り注ぐ光は眩しく、もう随分と陽は昇っている。寝ぼけ眼をぱちくりとさせる俺を、彼女は鏡越しに見ていた。化粧品をばらまき鏡台に向かうその姿は毎朝見慣れた、もはや当たり前の光景で。 「あー…おそよう?」 「おそよう、お寝坊さん」 決まって言う俺のセリフに姫は朝一番の呆れ顔を見せた。そーいえば、お早うなんて随分と言ってねェ気がする。苦笑する俺を尻目に、くるりんと長い睫毛をカールさせて。 「昨晩はまた、例の依頼主さんの所に行ってたんだよね」 「おー」 「て、ことは、毎晩キャバクラ通い?銀時も大変だね」 「そーでもねーよ。タダ酒飲まして貰ってるようなもんだし、依頼のこともあるしな」 「…依頼、かぁ……」 俺は唾を呑み込んだ。他愛ない会話のようで、まるで誘導尋問のようではないか。緊張ではない、これは期待だ。何しろ、本当に依頼なんだよねと姫に妬かれるであろう、お決まりのパターンのはずだから。 思わずにやけそうになるのを堪えながら、そう、依頼、と頷いてみせれば。 「そっか、頑張ってね」 「ん。……って、えェェ!??」 「な、なによ」 「何って…、もっとほら、こう……ないわけ?そんな女の所行かないでーっとか!」 「はあ?」 本日二度目の呆れ顔を頂戴しながら、俺はひとりで百面相を始めていた。 だって余りに淡白すぎるだろう。期待外れ所か、俺のことなんて眼中になかったりして。まァそれはないだろうけど。でもあんまりだ。たまには妬いてくれれば可愛げも出んじゃねーの。まァお前はいつでも可愛いけど。 はああ、試しに深く深く溜め息を吐いてみる。それでも姫は振り返らない。 「あのさァ、姫ちゃーん」 背後にあったソファに腰掛け、姫をまじまじと見詰めていれば、チークを乗せた頬がピンク色に染まっている。 「そのさ、仕事行くだけだろ。だから化粧とか、しなくていーんじゃない?」 淡い朱色に彩られた唇はやけに艶やかで扇情的だ。仕上げとばかりにグロスが加われば、ぼてっとしたその丸みに目がゆき引き込まれた。思わずゴクリと喉を鳴らす。突然キスしたら、彼女はきっと怒るだろうか。 ――ホント。それ以上、可愛くなられたら困るんですけど。 只でさえ妬いてもくれないのだから、幾ら俺でも不安になるだろ。自分に絶対の自信なんてない。俺は眉を力無く垂れ下げ頭をかきむしった。するとくすりと笑い声が聞こえて。 「銀時は妬いてばっかだね」 「……お前はどーなのよ、」 「だって信じてるんだもの」 美しく、可憐に、微笑んだ。 「だから銀時の言う言葉は私にとって全て真実で。……疑う必要なんてないじゃない?」 何もかも包み込んでしまう彼女の笑顔に魅了される。偽りなど何一つ見出せない、ただひたすらに純白。それが姫という存在で、だから俺は惚れた。心底好きになってしまった。 ああ、やっぱり。お前は着飾る必要なんてねーよ。俺は目尻を下げて笑い、相変わらず鏡と睨めっこを続ける彼女の頬にするりと手を伸ばした。 ←back |