喩え愛は視えなくとも





「――沖田ァー!」

「寄って来んな、暑苦しい」

「だからごめんってば」

「…俺は怒ってやせん」

「なら機嫌直してよ?」



優美な風鈴の揺れる音がして、初夏のじめりとした熱風が二人をいざなう。

ふてくされたまま背を向ける沖田が、いつもより一回りも二回りも小さく見えて。小さく唸りながら、私はその背中を穴のあくほど見詰めた。焦る気持ちよりも、可愛いな、だなんて呑気に笑ってしまえる。


私は沖田の誕生日を忘れていたわけではないのだから、問題はそこではないのだろう。これは自惚れかもしれないけれど、多分――、何て思えてしまうのは私が沖田の彼女故にだ。



「あのさ、沖田は何にそんな怒ってるの?」

「……俺ァ、誕生日は好きなやつと一緒に過ごせるものだと思ってやした」

「昨日は夜勤だったから、仕方無いじゃん。それに沖田だって明け方まで仕事してたし」

「べーつーに。それが姫だとは、一言も言ってねーよ」



ぷいっとそっぽを向く沖田は、何とも分かり易い態度と言葉で私の心を擽ってくる。ほら、やっぱり。私と過ごしたかったんだね、そうくすりと音を立てて笑えば、ムッとした表情でやっと此方を振り向いて。



「いま、笑っただろ」

「さあ?どうだろう」

「姫はいつも生意気でさァ」

「それは沖田が素直じゃないからだよ」



にいっと意地悪く口角を上げれば、ふんっと鼻で笑い目尻を下げたりして。

こんなツンケンした態度だって、私達にもそれなりに恋人のムードというものはあった。私にとっては砂糖よりも甘くて、他人にとっては一切理解し得ないそれ。沖田と私だけの、特別で秘密の時間。


すべての刻が穏やかに、ゆるりゆるりと進んでいる気がした。


蒼天だけがふたりを見守り包み込んでいる。青々と眩しい空に私はふっと目を瞑った。



「……んっ、」



近付いて来た沖田の唇、薄紅色の柔らかくて温かいそれが私のそれに重ねられた。愛が襲い、愛に触れる。吐息混じりに角度を変え、丸々すっぽりと私の口は覆われた。するとどちらからともなく舌先は絡まりだして。互いの熱を隠すことなく伝え合い、曝けだす。


ねえ、こんなにも優しい沖田を、私だけが知っている――。


それだけで胸はいっぱいになって、充足感で満たされる。今だけは、彼に生を授けた神様とやらに感謝してみたくなった。




「そーいえば、」



ぷはっと深く長く口付けた唇から離し、沖田は思い出したように言葉を吐いた。どこか幼さを残したその双眼にまじまじと見詰められ、私はなに、と口を尖らせる。

すると沖田はほら、と私に手のひらを向けるようにして両腕を差し出して来たから。全てを悟った私は満面の笑みで沖田に飛び付いた。突然のことに体勢を崩した彼に、さらにぎゅうっと抱き付く。



「…プ、レ、……っ苦し、」

「プレゼントは後で、だよ!まずは私から、」

「は?何す――」

「沖田っ。お誕生日、おめでとうでした」



明朗な私の声音に反し、熟れた林檎みたいに頬を真っ赤に染め上げて。

私から、沖田へ。たくさんのありがとうを詰め込んだ、愛を伝えるキスをした。





back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -