日溜まりで君と出逢う――暇、だなあ。仕事もねーし金もねー、ついでに言うと愛情も糖分も足りてねー。 しかしそんな深刻な現状とは裏腹に、俺は大きく欠伸をすると草原の上でごろりと寝返りを打った。こんなに気持ち良い日は仕事を探すだけ労力の無駄だ。だらだらと過ごすに限る。 麗らかな春の陽気に溺れていると、たたっとリズミカルな音が聞こえてきた。足裏が草を踏む音。おうおう元気なこった、と。俺は特に気にも留めていなかったのだが、瞬間、俺の足は大打撃をくらった。 「きゃ……っ、」 足音の主は急いでいたのだろう、彼女は勢い良く俺の足に引っ掛かると派手に転がった。あ、パンツ見えたラッキー。 一瞬だらしなく緩んだ頬をすぐさま整えると、むくり、起き上がる。勿論、未だに倒れたままの彼女に手を貸すためだ。 「ん、ほら、大丈夫?」 「あ…っはい…、その、ごめんなさい……」 「あァ、俺はいいの。頑丈だから。お前の方が……あ、怪我してんじゃん」 身体を起こした彼女の膝を見るなり、俺は苦く顔を歪めた。いくら彼女が前を見ていなかったからと言えども、一応原因は俺で俺に非がある訳なのだから。 膝は擦れ汚れ、泥と血とで見るからに痛々しい。生憎俺はハンカチなど持ち合わせていない。滲み出ている血をどうしようかと思案して、仕方無いと立ち上がった。 「お前、名前は?」 「え?姫、ですけど……」 「んじゃ、姫。いくか」 きょとんとする彼女、姫の手を引き立ち上がらせると、俺はバイクを停めている上方へと足を進める。しかしすぐにしまったと後悔した。姫が痛む足を見て、小さく呻いたのだ。 俺がぴくりと反応し、後ろを振り返れば、姫は大丈夫ですと笑っていた。確かに怪我自体はそれほど大きくはなかった、つまりは急に動かしたから痛んだのだろう。俺はんーと頭を掻きむしる。 「あの、どこに行くんですか?私なら本当に大丈夫ですし…、これ以上迷惑は……」 「これは俺のお節介だから、気にしないで欲しいっつーか、」 「で、でも、」 「怪我した女の子を置き去りになんてできねーの。まあ、万事屋銀さんに任せなさいっ!」 よろず、や…?と小首を傾げた姫に、俺はそっ、と笑みを浮かべながら頷いてみせる。つっても最近はニート生活だけどね。他にも餓鬼ふたりを預かってんだ。すると彼女はやっと、本心から笑ってくれた。 彼女はこんなにも柔らかく笑うのか。俺はまるで日溜まりのようだと思った。 ひょいとその小柄な身体を抱き上げ、両腕で包み込んでやる。所謂お姫様抱っこ、というやつだ。 「しっかり掴まってろよ」 「え、あっ、銀さ……!」 顔を真っ赤に染め上げる姫が、愛らしかった。刹那、胸がぎゅっと鷲掴みされたような不思議な感覚に目眩さえした。心臓が壊れたみたいにどきどきと激しく鼓動する。 俺は悟られないようにと、平然を装ってにまりと笑んだ。万事屋に行けば新八が手当てしてくれっから、と告げながら。 思えば、彼女に会った瞬間何より先に、とても暖かなひとだと思った。相当痛かったのだろう、長い睫毛に縁取られた大きな瞳は薄い涙の膜を張っていた。しかし痛みを堪えるように笑った彼女からは、どこか幼さを感じて、何だか庇護欲を掻き立てられたのだ。 ああ、この感情の名を、――俺は知っている。 「そーいや、何か急いでたみたいだったけど」 「…その、蝶を……」 「蝶?」 「はい、蝶を、追い掛けてたんです」 「って、おま、何だそりゃ。餓鬼ですかコノヤロー」 「だって、綺麗な模様だったから…!でも、えと、」 「ん?何だよ」 「いえ、あの…、――ありがとう、ございました」 最後の方は消え入りそうな程小さな声だったけれど、姫の気持ちはしっかり受け取った。俺はどーいたしまして、と満足げに目尻を下げる。そして耳まで真っ赤な彼女の髪をふわふわりと撫でてやった。 ――こうして、万事屋に餓鬼がもうひとり増えるのはもう少し先のお話。お金も仕事もねーけど、愛と糖分の補給源だけはできちまったみてーです。 ←back |