きみなしでは笑えない





私の総悟が失踪した。いや正確に言えば、引き籠もりになってしまった。もっと言えば、私にだけ会ってくれなくなった。

原因は分からない。全くもってこれっぽっちも、だ。当然だろう、彼を怒らせることをした覚えも何一つないのだから。



「ねぇ、総悟。どうしたのよ、私何かした?…ねぇ、」

「るせェ、もう来んな」

「嫌だよっ、話してくれなきゃ分からないよ!何で急にこんな……、分かんない、よ…」

「…俺だって、」


――分かんねェんでさァ。



今日も私は総悟のもとへ通うけれど、やはり総悟は私に会ってはくれなかった。心配した土方さんや近藤さんに見守られる中、彼の部屋の前で必死に声を張り上げるけれど、その努力も虚しいだけだ。ぴたりと閉め切った襖が開くことはなくて、何となくだけれど、総悟は私に背を向けて座っている気がした。

見かねたように、土方さんが総悟、と彼の名前を厳しい口調で呼んだ。しかし咎めるようなその言葉にも、いつも何かと突っかかる彼が何故か全く反応を示さなくて。



「姫、悪いな…」

「いえ、近藤さんが謝ることじゃありませんし。それにきっと、私が何かしてしまったんです」

「ったく、総悟の奴どうしたんだよ。胸糞悪ィ」

「俺やトシにはいつも通りなのになぁ、何で姫にだけ……」



分からない、と近藤さんはしきりと頭を掻いた。土方さんはお手上げだと盛大な溜め息を吐いている。


何だ、分からないことだらけじゃないか。彼らも、私も、そして総悟も。

総悟は私と別れたいのだろうか、思考は完全に最悪な結末へと向かおうとしていた。しかしそこではいそうですかと言えるほど、私の総悟への愛は生易しいものじゃないのだ。今も昔も変わらず彼だけを好いている。



「また明日、来るからね」



果たして聞いてくれているのかすら定かではないが、私はそれだけを残してまた今日もその場を後にする。絶対に諦めたくなかった、せめて納得できるだけの理由を聞かなくては。

そして一夜は当たり前のように過ぎ去り、また同じ夜が来て――。




「……総悟、開けて?」

「開けやせん。そのままUターンしてもう二度と来ないで下せェ」

「どうして?総悟、理由だけでも、…話してよ」



苦しくて寂しくて、震える声を絞り出した。それでも泣いたら駄目だ、と自分に言い聞かせた。総悟に弱い所なんて見せたら余計嫌われてしまう。


暫しの沈黙が訪れた。


そういえば、ああ、最後に彼の顔を見た日もこんなほの暗い夜だった。討ち入りで怪我をして帰って来た総悟を泣きながら手当てしたのだ。そっか、私が泣いたからいけなかったのか。総悟は泣き虫が嫌いだったのか。



「泣いてんですかィ?」

「…っ泣いて、なんか、ない…!」

「…そっか」


――俺ね、姫。



私を見透かした総悟はやっと自ら口を開いた。ゆるりとした口調で、まるで参った、とでも言う風に。



「多分てめェが思っている以上に、俺ァ姫が好きなんでさァ。…だから、あんたの顔見たら抑えられなくなっちまう」


欲張りで醜い、俺の気持ち。



総悟は苦笑混じりの乾いた笑い声を漏らすと、困ったなァと呟いた。あんたは知らなくていい、あんたは知らなくていいんでさァ。そう何度も繰り返し言う彼は、今もずっと私を愛してくれていた。


嫌われたくなかった、と総悟はぼやく。


嫌わないでくれ。血に汚れた汚い俺を蔑んだ目で見ないでくれ。知られたくなかったのだ、余りにも無垢なあんたに、余りにも汚れてしまったこの俺を。

好きだから、会わないと決めた。好きだから、俺を好きなままでいて欲しいと願った。好きだから、俺の流した血のせいで泣かせたくなんて、なかったのだ。



「俺ね、姫には綺麗なものだけを見ていて欲しいんでさァ。そして笑顔を絶やさずにいてくれたらいいなって、思ったんでィ」



悲痛な叫びの一つ一つが私の胸に突き刺さる。総悟は何も分かっていない。そう言う私も彼の気持ちを分かっていなかった。



「総悟は綺麗だよ…っ、私だって、泣き虫で弱虫でどうしようもないの…!嫌われたくなかったのは私の方だよ、」

「…姫……」

「総悟は私が、すき?」

「当たり前でさァ!」

「良かっ、た。総悟、知らないでしょ?……私、総悟がいないと笑っていられないんだよ」



刹那、襖は勢い良く開け放たれ、伸びてきた腕に私は抱き締められていた。総悟の匂い、総悟の体温、総悟の感触。嬉しくて涙が出た、もうそれを止めようとは思わなかった。

ボロボロと泣き崩れながらもそっとその背中に腕を回せば、ぎゅうっとより強く腕を絡められて、包み込まれて、満たされて。ふにゃり、自然と笑みが零れる。腫れ上がった目元が不格好に細められた。


――ほら、総悟がいるから私も笑っていられるんだよ。






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