哀染初雪





病室の窓から覗く景色は、驚くほどにとても綺麗で、心がほんわかと優しくなった。

辺り一面、白銀の世界。大好きな彼が隣にいるから、ということもあるのかもしれない。淡く真っ白な雪がしんしんと降り積もり、その中で子供達のはしゃぐ声が聞こえて来た。


──そうだ、これが今年初めて降る、初雪だった。




「ねえ、銀ちゃん。一年前の私達もああやってはしゃいでいたよね」



しんと静まり返った室内で、私はゆっくりと口を開いた。その唇は形良く緩やかな弧を描き、一音一音を慈しむように吐き出している。しかし私の瞳は、どこか寂しげで、悲しそうな色を湛えていて。

ああ過去を思い出しているのか、なんて、銀時は遠い目をした私の髪に触れるけれど、私はやはり口元を緩める仕草をするだけだった。そしてそれを彼はただひたすらに無言で、じいっと見詰めている。



「……またあの頃みたいに戻れるかな?」


二人で手を繋いで、雪の中を歩けるのかな?



静かにそうぽつりと呟かれた、どこか哀愁が漂う言葉たち。私はやはりそれでも微笑みを作る。しかしちゃんと笑えていたかは分からなくて、力無かったかもしれないと少しの後悔。

そっと布団から手を出し、銀時の前へとそれを伸ばした。大丈夫、言わずとも伝わるのだ。銀時がそれを大切そうに握り返して、もう冷たくなった手が、彼の優しさと温もりだけで包まれて行く。支配される。



「あったかい……」


銀ちゃんの手、凄く温かいよ



私が顔を綻ばせば、その瞬間、銀時が僅かに笑った気がした。そりゃ良かった、と。多分そう言っているのだと思う。

嬉しくなれば途端に落ちてくる瞼。私はそれを必死でとどめようとして。



「……眠いのか?」

「ちょっとだけ…。でも、寝ないよ」



少し躊躇いがちに言葉を紡ぐ。

寝たい、けれど寝れない。否、寝たくない。理由はただひたすらに簡単で、けれど理屈じゃないのだ。私はただただ怖い。銀ちゃんが居なくなってしまいそうで、怖かったんだ。

――けれど、



「俺はここに居るから」



ふいに呟かれた。銀ちゃんにはきっと、見透かされていたのだろう。いつだって欲しい言葉をくれる彼は超能力を持っているのかもしれない。それは私にだけの、テレパシー。

銀ちゃんは不思議な人だ、本当に。不思議で掴み所が無くて、それなのに私のことは全部分かっている風で。狡いよ、銀ちゃんだけ、さ。


私は笑いながら涙を流した。


そうだ銀ちゃんは狡い、いっそのこと思い切り泣き喚いて引き止めてくれればいいのに。なのにそうしようとはせずに、寧ろ有りっ丈の優しさと温もりで包み込んで抱き締めて、私を安心させてしまうんだから。

不安は無かった。ただもう少しだけ銀ちゃんの隣に居させて、それから、一生分の幸せを感じさせて。そうしたら、きっと、――安らかに逝けると思う。幸せな私のままで、銀ちゃんに愛された私のままで。


心の中で、ありがとうとごめんねを繰り返す。あなたが好きで好きで好きで、堪らなく愛していました。伝えたい言葉は沢山あったのだ。しかし私が最期に紡ぎ出したのは、



「おやすみ、…銀ちゃん」



目が覚めたら、おはようって言ってよね。――そして私は静かにそっと瞳を閉じた。




──ピー…──




病室内に無機質な機械音だけが鳴り響く。姫の手が、俺の手から滑り落ちて。それでも単調な音は鳴り止まない、耳障りで俺は耳を塞ぎたくなった。

本当は、心のどこかでは分かっていたのだ。これが二人で見る最初で最期の雪なのだと。ただ俺が、信じたくなかった、それだけで。



「くそ…っ。守って…やれなかったんだ……」



震える唇を噛み締め、頬を静かに雫が伝う。姫が俺にくれたこの胸一杯の幸せを、俺はどれだけ彼女に返すことが出来ただろうか。



『ぎーんちゃんっ!』

『ばーか!キスはお預けね』


自分の中の姫は、いつだって温かい手をしていて。いつだって太陽のように笑っていた。


『銀ちゃん、大好き、』

『ずっと一緒に…居たいよ』


記憶だけじゃ物足りない。俺が惚れた、その笑顔とその声で。ずっとずっと笑っていて欲しいとそう願っていた、のに。



目の前で眠る最愛のひとは、今にも目を醒ましそうで。自分の名前を呼んでくれそうで。


それでも確かに、もうここにはいない──。


こんなにも愛していたのに。こんなにも愛されていたのに。固く閉ざされたその瞳は、再び俺を映すことが無いのだと。

冷たくなったその掌に、俺はただひたすらに彼女の温もりを探した。彼女はもう居ないのだと、悲しい現実をより突き付けられるだけなのに。それでも、俺は――、


誰よりも何よりも、おまえをあいしていたんだ。






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