愛することの証明





「ちょっと…いいか?」

「……え?わたし?」



同じクラスの土方は、学年を問わず女子生徒に大人気の所謂モテ男というヤツだ。いつだって誰かの熱い視線を纏わりつけて、沢山の人に囲まれている。


そして今、そんな彼に呼び止められたのは平凡かつどこにでもいそうな只の"同級生"。

呼び止められた理由が分からなくて首を傾げていると、土方は丁寧に折り畳まれた紙を一枚手渡し、また人混みの中へと戻って行ってしまった。



人生初の、呼び出し、だ。


しかも相手は"あの"土方――?



有り得ないのは分かっていた。しかし何処かで期待している、自分がいた。

私は開かれた白い紙をまた綺麗に畳み直すと、大切そうに内ポケットへ押し込む。秋の冷たい外気に反して、指先はほんのり熱を帯びていた。



「期待、しちゃダメだよね」



きっと何か用事があるのだ。私の友達や、委員会に。

私は自嘲気味に笑みを零すと、静かに足を踏み出す。一段一段階段を踏みしめる音がやけに耳に響いていた。





「よぉ…突然、悪かったな」


「ううん。土方が私に話し掛けるなんて珍しいよね」



少し驚いたと微笑めば、土方は慣れた風に苦笑した。

余りにもポーカーフェイスで無表情な彼を見詰める。そう言えば入学直後も、私はこうして彼を見詰めていたかもしれない。その表情は何時崩れるのか、崩れたとしたらどんな風に笑うのかと、退屈凌ぎの暇潰し程度に。



「俺、さ……」



土方は口ごもる。相変わらずの無表情だが、彼は今、多分戸惑い迷っている。眉間に寄った皺がそれを物語っていて、それに気付いてしまう自分に失笑した。


結局、私も同じだったのだ。


気付いたら目で追うようになっていた。何時からか、暇潰しでは無く本気で彼の笑顔を探していた。


それを今になって気付く、だなんて。



「――…き、」

「は?」

「私、土方が好き…」



自然と零れ出たのは、気付いてしまった気持ち。伝えるつもりはなかったのに、無理なのは分かっているのに、と後悔するよりも先に涙が私の頬を伝った。


ほらね、驚いている。


私が土方に背を向けると同時に、背後から掛けられた言葉は。



「……ごめん、」



――終わった、と。


視界がぐしゃぐしゃになり、何が何だか分からなくて。

しかしそんな私を包み込んだのは、今までの涙ではなく新たな温もりだった。大きくて暖かくてそれでいて優しい、彼の温もり。


土方の掌が頬に触れたのだと実感すると、私の心は少しだけ落ち着きを取り戻した。



「どう、して…?」

「あー、いやこれは、だな」

「…っどうして優しくするの……!」



その優しさに甘えてしまう、自分が嫌だった。私の無駄な期待のせいで彼を困らせたくなんて無かったのに。


優しく、しないでよ…。


頬に触れたままの温もりを跳ね退け、押し殺した声でそう力無く呟いた私。すると今度は強引に腕を引かれて。バランスを崩し揺らいだ身体は、眼前の彼によって抱き締められた。



「悪ィ、…俺さ、――ずっと姫が好きだった」

「う、そ…っ」

「嘘じゃねェ。俺ァ優しかねぇんだ。お前だから…好きな奴にだけ、なんだよ…」



私の瞳に映ったのは無表情じゃない、土方。

歯を食いしばって苦しそうに顔を歪める。私を抱き締める肩も私に囁く声も、全てすべて小さく小刻みに震えていた。不安げな漆黒の瞳が揺れる。


ねえどうして、そんなに悲しそうなの?



「だってさっきごめんって、言ったじゃない」

「お前があんまり辛そうに話すから。あれしか、言葉が出て来なかったんだよ」

「…そんな」

「すげェ…嬉しかったんだぜ?だけど、」


好きな奴にあんな顔されちゃ、どうしようもねぇだろ。



土方はそう呟くと、俺を好きになった事を後悔してたんだろ?とまた悲しそうな瞳を私に向けた。じゃなきゃあんな顔しねぇよな、と付け足して。


それは、沢山の女子に囲まれているのを見る度に胸が痛んだ。可愛らしい女子に呼び出される度に、どうしようもなく不安になった。

怖かった苦しかった、辛くて、だけど自分の想いを見て見ぬ振りをした。しかし後悔はしていないのだ。土方が何処でそう勘違いしたのかは分からないが、



「気付いたの。私は、土方のことが好きだって…!」



押し付けられていた胸板からゆっくりと顔を上げる。今度はしっかりと彼の視線を捉えて好きだと告げた。涙は、もう流れない。とめどなく溢れる行き場のない好きの気持ちを全て声に乗せると、少しだけ勇気が出た気がした。


土方は、どう想ってるの…?


目を見開いてしかし耳まで赤く染まった顔をくしゃりと崩すと、初めて向けてくれた、愛らしい笑み。



「俺も、姫が好きだ…」



少しずつ、スローモーションのように迫って来た土方の唇に目蓋を閉じれば、胸がじんわりと熱くなった。ちゅ、と触れるだけの柔らかい口付けは幸せの音色がして。


何よりも、交わる熱視線と吐息が、愛し合っている事を証明してくれた――。






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