恋に墜ち、愛を知った





「好きです、」

「え…」

「好きなんです、土方君が」

「……悪ィ」



これはほんの、三日前の話。俺は隣のクラスの姫に告白された。ふわふわとした猫っ毛が愛らしく、可愛い、癒される、と男子にも女子にも一目置かれた存在だったから、俺も名前くらいは知っていた。

告白されるのもそれを振るのも、今回が初めてではない。寧ろ今まで何度女子を泣かせて来たことか。俺は学年一のモテ男だ、別になりたくてなった訳じゃないけれど。



「…っくそ、」



それなのに、どうして。俺は初めての感覚に戸惑い、髪をくしゃり、無造作に掻き上げた。彼女の泣き顔がどうしても頭から離れないのだ。

ポロリポロリと大きな瞳から綺麗な粒が零れ落ち、それはキラキラと光を湛えていた。それでもありがとうと笑った彼女は儚くて、――とても、美しかった。気持ちを聞いてくれてありがとう、そんな言葉を言われたことは今までに一度だってなかった。



「何で、考えちまうかな…」



気付けば、姫のことばかり考えている自分がいて。今思えば、あの日から俺の行動は不審になったのかもしれない。

学校ですれ違う度に、彼女を目で追っていた。体育をしている姿だって、無自覚のうちに探していた。彼女の教室の前を通った時、彼女が笑っていて安心した。


胸がぎゅっと締め付けられて、それでいてどきどきと高鳴るこの感覚。頬が火照っているのは気のせい、なのだろうか。俺は熱があるのかもしれない。



「いや違うぞ、トシ。それは恋だ。甘酸っぱーい、恋だ!」

「こ、恋ぃぃ…!??」

「そうだ!誰かは知らんが、お前はそいつに惚の字なんだ」

「いやいや、有り得ねェよ。近藤さんじゃあるめーし」

「認めちまえ。総悟も言ってたぞ?最近のトシは乙女モード全開で気持ち悪い、ってなー」



俺が誰かに恋をする、だなんて、そんな。信じられない。認めてしまうのは簡単なのだ。


そう、今までの俺は色恋沙汰には全く興味がなかった。委員会や部活で常に頭はいっぱい。俺自身、竹刀を握っていられればそれで満足で、近藤さんの近くに居られたらそれは幸せだった。それ以上に大切なものを望む必要は無かったのだ。


それなのに、それ、なのに。



「あ、教室に忘れ物したっぽい。姫、先に行ってて?」

「うん、分かった」



背後から聞こえて来た声に、どくん、と思わず心臓が飛び上がる。彼女から甘い香りが仄かに漂って来て鼻を擽った。ああ、彼女は女の子なんだなって。

意識したら一気に熱が駆け上がって来て、俺はぴたりと足を止めた。突然の静止、そんな俺にぶつかったのは、



「あ、ごめんなさい」

「姫、」

「土方、君……」



彼女は顔を上げた途端に大きな瞳をさらに大きくして、ぶつかった人物を凝視していた。かと思えば、あたふたと再度謝り、じゃあ、と俺の脇を慌てて通り過ぎようとして。どうも挙動不審だ。ああ、それは俺もか。


待てよ、俺は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。そして小さな声でポツリと、呟いた。



「お前のこと好き、なのかもしれねェ」



刹那、勢い良く振り返った彼女はその瞳を潤ませていて。まだ嫌われた訳じゃないのだと分かると、俺は酷く安心した。そして離すどころかさらに腕を引き寄せて空き教室に連れ込むと、そのまま彼女を包み込んだ。抱き締めて、胸に彼女を押し当てると、じわりと温もりが滲んで来て。



「嘘。…お前が好きだ、姫」

「でも、この前は……っ」

「……姫が初めて、だったんだよ。振って胸が痛くなったのも、その後もずっと気になってたのも、こんなに…今、ドキドキしてんのも」



ほら、やっぱり。認めてしまうのは簡単なのだ。


俺は緊張と恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。煩いくらいの心音も聞こえてしまっているかもしれない。しかし今この胸に閉じ込めている温もりが愛おしくて、離れたくなかった、離したくなかった。

すると突然、彼女が薄い唇を開いて、紡ぎ出した言葉。



「うれ、しい」



耳まで熱くして彼女を見下ろせば、同じように真っ赤に火照らせた彼女が俺の胸に額をこすりつけていて。思わずふわふわな髪に触れれば、ピクリと反応した。可愛くて仕方無い、好きの気持ちが溢れ出して止まらない。受け入れて貰えた、嬉しい、嬉しすぎる。


暫く抱き合ってから漸く顔を上げた彼女は、あの日と同じ、涙を零しながらも美しい笑顔を浮かべていた。ただふたつ違うのは、それが幸せな色に染まっていること。目の前の俺も、笑っていること。



「姫、――俺と、付き合ってくれねェか」



愛らしい彼女のすべてに、俺は一瞬にして恋に墜ちたのだ。







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