どうかわたしを攫って一心不乱に文字を綴る。 彼の人への想いは膨らむばかりで、書いても書いても書ききれず、また形容し難いこの想いを上手く書き表せないことに、私は苛立っていた。 書いては消して消しては書いて、その行為の繰り返し。結果汚れてしまった便箋は、ぽいっとひと投げでゴミ箱送りだ。 「はぁ……」 もう何度目かの溜め息を吐く。書き始めた頃は陽気な子供達の笑い声がしていた筈だが、今は静けさだけが辺りを支配していた。おかしい、いつの間に夜になっていたんだ。驚く私を余所に、机上には未だ真っ白な紙束しかない。 書き上がった手紙が一通もないのだ。ゴミ箱は白で溢れかえっていた。 「急に居なくなってさ、今俺は京に居る、なんて。暫くは江戸に残るって言ってたくせに」 ふざけるな、会ったら真っ先にそう言ってやろう。私がどれだけ怒ったところで、彼は気にも留めず口角を吊り上げるだけなんだろうけど。それこそが、高杉晋助、という男だ。 屈するのだけは嫌だから、寂しいとは言ってやらない。せめてもの意地だ、高杉の思い通りになんてなるものか。 ――と、思ってはみたものの。 「何て、書こうかなぁ」 高杉のヤツ、携帯くらい持っていてくれればいいのに。 「恋人に文だなんて……私はいつの時代の人間よ」 思い切り屈してしまっている、どうやったらこの寂しさが彼に伝わるかと模索している。高杉の言葉を借りれば、酷く馬鹿で単純で、哀れ。それこそが、私、という女なのだ。 だって好きで好きで仕方無いのだから仕様がないじゃないか。寂しいのだ、純粋に、もっとずっと傍に居て欲しい。 私はペンを放り出して窓の外を見た。すっかり闇に覆われてしまっている、私の世界。何だか無性に彼に会いたくなって、だから取り留めもなく呼び続けてみた。 「たーかすぎィー!!」 会いたいよ、 「高杉高杉たかすーぎー」 何で置いてくの、 「出ーておいでー高杉ィ」 「……しつけェ、」 「え?」 はっとした、私は勢い良く振り返る。だって聞こえたのは、望んでいた欲しかった、声だった。高杉、次に口を突いて出たのは喚き声なんかじゃなくて、愛しい彼を呼ぶ、それ。 な、んで。どうして居るの、アンタは京に居るんでしょう。 「どこでもドア?」 「ンな訳ねェだろ」 「ワープ?空間移動?ホログラフィー?」 「ふざけてんのかァ」 「…ふざけてんのは…どっちよ……っ」 すぐさま飛び込んだ、高杉の胸へ。彼は難なく私を包み込むとやはり、口角を吊り上げたのだった。瞳がじわりと熱くなる。触れ合う部分が温かい。泣いてしまいそうだった、また何ヶ月も会えなくなるのかと思っていたのだから。 「くくっ、暫くは江戸に残るっつったろ。今日は寄合に集まっただけだしなァ」 「分かってたんでしょ、っ」 「あァ、姫が寂しがることぐれェお見通しだぜ」 「謀ったわね……!」 「俺がてめェほったらかしにするわけ、ねェだろ?」 優しくなんてないけれど、ひとつひとつが温かい。高杉の言葉は不思議にも自然と、私の心に溶けて行くのだ。溶け込んで満たされて行く、幸せ。 くいっと顎を持ち上げられれば、私のそれは奪われていた。強引で荒々しくて、けれど愛でるように彼は私に口付ける。 「俺と来いよ、姫」 これからずっと、隣に置いてやる。離すことも離れることもしねェ。今まで以上に、近い存在になれるだろ? 「だから……俺はてめェを連れ去りてェ」 ちらり、見え隠れする焔を湛えた真っ直ぐな瞳で、甘い香を纏わせながら、男はそう、囁いた。ぽろり、込み上げた何かが堪えきれず溢れ出す感覚。視界がぶれる。頬が生暖かい。 私はただ、こくりこくりと、何度も何度も力強く頷いた。 ←back |