寒天に君を探す





“行ってくる”



――貴方がそう言って此処を出たのは、もう幾年も前の事だったろうか。あれから見渡すばかりの景色は移ろい変わり行き、四季は過ぎ去った。

しかしその中でも、私の胸の内に秘める想いは変わらぬまま、今も此処に在り続ける。未だに繋ぎとめられている。



「…銀、とき……」



そして何度目かの秋は過ぎ去って。

また、あの冬がやって来る──。






「お、雪だ」



寒天の夜空を見上げて、銀時はポツリと呟いた。どこか嬉しそうな声音に、え?と思わず聞き返えせば、ほら、と彼は宙を仰ぎ見て。穏やかな顔付きに胸が高鳴る。俯きがちだった視線を上に向け、私も彼と同じように純白を見上げた。



「わ…っ、本当だ!」

「おーおー。どうりでさみーわけだ、ほら早く帰っぞ」

「う、うん……でも凄く綺麗だよね、銀時」

「ん?あァ、そーだな」



はらりはらりと、眼前を白い雪が舞い落ちる。そっと手を伸ばして捕まえようとすれば、冷たい夜風に吹かれながらも私の掌に落ちたそれがじわりと一瞬にして溶け消えた。


──初雪、だね。


私がそう呟いたと同時に隣に居た銀時がぶるりと小さく身震いをした。それから寒い寒いと手を擦り合わせ、掌に自身の白い息を吹き掛ける。

刹那、鼻腔を擽った甘ったるい香りに自然と笑みが零れる。銀時の匂いだった。



「大丈夫、銀時?」

「姫は寒くねーのかよ」

「私?私は全然平気なんだよね、それが。何だかいつも体温高めみたいで」

「……まじで?」



本当に寒そうだな、なんて頭の片隅で思いながら私はうん、と頷いた。馬鹿は風邪を引かないと言うけれど、銀時は風邪を引いたりしないだろうか。不安が胸を過ぎる、心配だ。

だから私は口許を緩め薄く微笑んでから、銀時に寄り添ってあげることにした。ぴとりと密着すれば、少し驚いた顔をした彼が次の瞬間には私をぎゅう、と自分の胸に抱き締めていて。あったけー、と言葉を漏らす。



「ねえ、歩きずらいよ?」

「まァまァ、我慢しろって。姫を離した瞬間、俺は凍え死ぬ気がするし」

「大袈裟だって」

「いやいや、銀さん今すっげー本気だったからねっ!?」



私が笑えば、釣られて銀時も笑う。

たったそれだけの事、なのかもしれないけれど。たったそれだけの事がどうしようもなく気持ち良くて、その瞬間が私は堪らなく好きだった。


ひと繋ぎにしたマフラーから伝わる彼の動きも、私を抱き留めるその両腕から伝わる彼の温もりも、顔を見合わせて伝わる彼の吐息も。全てが愛おしくて、全てが大切な一時で。

銀時に出逢って初めて、私は本当の幸せを知ったのだ。



「外はこんなに寒くなって来たし、帰ったら晋助達にカイロを配らなきゃいけないね」

「だな。あ、でも、俺と姫の分はいらねーか」

「え……何で、」

「何でも。…だって、お前が寒ければ俺が温めてやるし、俺が寒ければお前が温めてくれるんだろ?」



──はらり、はらり、

雪が私と銀時の間を横切った。





「ほら、銀時、」



呼び掛けてみる。答えは、ない。隣には誰も居ないと云うのに、その事実をかき消すかの如く、私はか細い声でただひたすらに言葉を紡いでいた。

瞳には目一杯の涙を浮かべて、夜の星空を見上げ儚げに笑う。放たれている光は滲み、歪み、それでも眩しかった。



「あなたの大好きな冬が、もうすぐやって来るでしょう?」


だから早く、帰って来て。


「私を待たせるなんて許さないんだから。雪達磨作ったり、炬燵でぬくぬくしたり、一緒の布団で、……寝たり」


寂しいの、傍に居て。


「出来なく、なっちゃうよ?」


それだけが、願いだから。

他にはもう何も、望まないから。



刀を手に取り仲間達と共に飛び出していったあの日から、貴方は今も行方不明。こんなにいい女を置いてけぼりにするだなんて、なんて勿体無い男だろう、と強がりに苦く笑んだ。


それでもただただ貴方を想い、寒天の夜空に初雪が降るのを待ちわびる。

あの夜に戻ればきっと、貴方が私を呼んでくれる、――そんな気がしているの。





(サクリ、サクリ、)
(土を踏み締める音がして)

((歩み寄る面影は貴方なの?))





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