雫越しに映る背中明け方、日の出と共に、土方さんは私のもとを訪ねた。 ぽつぽつりと雨粒が彼の肩を濡らしては、真っ白なシャツに肌色が透けうっすらと浮き上がる。少し荒い吐息に、私はほんの少しだけ苦笑した。 「よお」 「お早う、土方さん。今朝は随分と早いんですね」 「あァ。目が覚めちまってよ、姫ならもう起きてる頃かと思ったぜ」 「ふふっ、万事屋の朝は早いんです。と言っても、私だけですけどね。でもそんなに急いで、どうしたんです?」 「何でもねェよ」 「嘘、…ですね」 吐いては吸って、呼吸を整えようと胸に手を当てる土方さんを眺め見て、クスクスと可愛らしく笑ってみせる。それから一呼吸置いた後、彼は籠った声で呟いた。 「お前に会いたくなった……じゃ、理由にならねェか?」 「いえ。嬉しいですよ」 微笑みを湛え続けることは決して忘れない。嬉しい、確かに、そうだとは思うけれど。しかし本心ではどこか悲しみに満ちているのだと思う。きっと、そうなのだ。 土方さんの腰に目を遣ると、鞘に納められた刀が無機質な音をたてて揺れた。耳につく、嫌な金属音が響く。 手入れの行き届いた土方さんの刀は、洗礼された雰囲気を醸し出している。彼に似て、とても美しい刀だ。それは素人の私でも十分過ぎる程よく分かった。幸か不幸か、此で彼自身が血に汚れ行くのだとは分かりたくなかったが。 「今日もひと暴れして来るんですね」 「あァ」 必ず、討ち入りの前には私に会いに来てくれる彼。そうして行ってくる、と何時もと寸分違わぬ平然とした態度でそう告げるのだ。今から死線に向かう者とは全く思えないような、余裕を垣間見せて。 恐らく私を安心させるつもりなのだろう――、だけど、ね。 雨足は強くなるばかりだ。地面に弾けた雨粒が、私の頬をぴしゃりと叩く。 「お気を付けて。頑張り過ぎないで下さいね」 「姫は毎度そう言うよな」 「だって……いつだって土方さんは頑張り過ぎてしまうでしょ?」 私は怖くて仕方が無いのだ。土方さんが私のもとに来る度に、死にそうなぐらい胸が締め付けられる。 心配なの、不安なの、此処にいて、そう言えたらどれほど楽だろうか。我が儘だと思われるだけなら、まだ良い。しかしそれらは彼を困らせるだけなのだ。だって、土方さんの生き甲斐はあの美しい刀なのだから。彼が命を賭して護りたいものが何なのか、私は痛いほど知っていた。 土方さんの言葉が、今この瞬間、最期になってしまうかもしれない、だなんて。 本当はこんな事、想像してはいけないし思いたくもない。しかしそう想像せずにはいられないのは何故だろう。幾ら土方さんを信じていようと、彼の優秀な部下を信じていようと、やはり頭を過ぎるのは不安だった。 「悪ィな、行って来る」 私の肩に触れた土方さんは、それだけ告げて踵を返した。振り返りざまに、アスファルトにこびりついた泥が私の服に跳ね返る。茶色く濁った染みが広がる、その一点に、私は静かに涙を落とした。 嫌、行かないで……! やっとの思いで絞り出した声は、しかし雨音によってかき消されてしまった。 私はただただ、貴方に隣に居て欲しいだけ、なのに。 ねえ、容赦なく私に襲い掛かって来る、こいつの正体は一体、なに? ←back |