お前を想う、きす気になっている、ひとがいた。そして彼女も多分、いや確実に恋をしていて。 彼女はよく俺達の輪を眺めている、俺はよく彼女を眺めている。相手が誰なのかは分からなかったから競いようがなかったけれど、俺じゃないことは確かだった。視線が交じり合ったことなど、一度だってなかったから。 「っ、馬鹿じゃねーの」 俺は小さく苦笑する。それでもまだ、ここに足を運ぶ自分がいるのだ。 放課後、必ず彼女が入り浸る空き教室。通り道でもないのに、俺は毎日その前を通っていた。話し掛ける勇気はなかったけれど、少しでも近くにいたいと、そう思って。一方的な関係性。彼女の悩ましげな表情が、脳裏に焼き付いて離れない。 そうして今日も当たり前に教室の前を通り過ぎようと、した、のだが。 「――ねえ、銀ちゃん」 刹那、聞こえたのは彼女の声。呼ばれたのは俺の名前。 突然のことに心臓がびくりと跳ね上がり、もはや無意識の内に扉に手を掛け、その勢いのまま押し開けてしまった。自分の行動に驚きつつも、必死でいつも通りを装おうと試みる。 ふにゃり、笑みを浮かべた。足は、少しも動かなかった。 「あれ?姫じゃん。お前、こんなとこで何してんの」 咄嗟に吐き出した言葉。答えはそうだ、どうせ好きな人の事を考えていたんだろう。しかしそれは違うと、もしかしたら否定して貰えるかもしれない期待も、心のどこかで抱いていた。 「…え、っと、補習授業?」 しかし、案の定。ああ、はぐらかされたな、なんて。分かりきっていたことなのに、落胆している自分に呆れる。 すうっと息を吸い込んで前を見据えた。教室に一つしかない机と椅子。寝そべっていた彼女がゆっくりと起き上がったかと思えば、俺を捉えて。柔らかくふわり、微笑んだ。釣られて笑んだ俺の動悸が異常に速まる。 「そう言えば、二人きりで話したことあんまねーよなァ」 「うん。銀ちゃんはどうしてここに?」 「俺ァ…散歩途中で、」 「ははっ、銀ちゃんも嘘吐きじゃない」 人のこと言えないね、と明るく笑い飛ばす彼女に向けて心の内で呟いた。お前の近くに居たくてうろついてました、なんて言えるかっつーの。 何だか照れ臭くなった俺は髪に手をやる。くるくるパーマを無造作に掻き上げていると、瞬間、真剣な眼差しが注がれて。 「ねえ、」 「ん?」 呼ばれて見やれば、俺の髪を眺めながら低い声音で紡ぐ姿。どこか遠くを見るその視線に吸い込まれたかのように、一瞬たりとも目を離せない。そして。 すき、彼女はそう言った。 誰が誰を?咄嗟に浮かんだ疑問も、次の瞬間消え失せる。彼女が俺の瞳を見詰め、確かに唇から零したのだ、それを。 「銀ちゃんが、好きだよ」 信じられなかった。しかし何が起きたんだ、そう詰め寄る前に嬉しさが込み上げて涙が溢れ出そうで。動かなかった筈の足が独りでに動き出す。そう広くもないのに駆け出して、距離は一瞬で縮まった。 そうしてぼけっとしている彼女に両腕を伸ばし、力いっぱい引き寄せて。ガタン、椅子が派手な音をたてて倒れる。 「やっと、触れられた……」 俺はその首元に顔を埋めた。俺なんだよな、俺でいいんだよな。確かめるようにぎゅう、っと抱き寄せれば彼女の肌が真っ赤に染まり行き。腰に躊躇いながらも回された腕。 心拍数が異常値だ。ああ、彼女がこんなにも愛おしい。 「好きだよ、」 俺も、お前が、 「ずっと姫だけを見てきた」 伝えたかった、けれど伝えられなかったこの想いを、彼女に先に打ち明けられるなんて。思ってもみなかった、と俺は自然に頬を緩める。 「告白は先越されちまったけど……これは、俺からでも構わねーよな?」 首元から唇へ視線をずらせば、甘く柔らかいそれに口付けた。小さく跳ねた細い肩さえ愛らしくて、熱い吐息を絡め合う。はあ、視線が重なった。 銀ちゃん、彼女の口から漏れた俺の名前。それが苦しい程に嬉しくて幸せで、小さな身体をもう一度、キツく抱き締めた。 ←back |