貴方の為に笑いたい





戦場を舞う美しき胡蝶は、太陽に羽を焼かれし揚羽と成り果てて。

狂った色に取り付かれた其の羽は、もう低空を自由に飛び回る事もままならぬ。


もがくたびに振り撒く鱗粉。

其れは人間で云う、真っ赤な鮮血。


くるり、くるり。
ぴちゃり、ぴちゃり。

(私は休む暇なく舞い狂う─―)






「……此処に残ったのは?」

「俺と、お前だけだ」

「──そう。」



歪な形へと変形した左腕を右腕で支えるも、そちらの腕も出血多量で使い物にならないらしい。

地面に取り落としたままの私の刀は、斬ってきたモノの血で、もう切れ味がなくなってしまったのだろう。

月光に照らされるも、美しく反射する事無くくすんだ色を映していた。



「銀時。」

「んだよ?」

「…私、辛いよ」

「……あァ…」



松陽先生は教えて下さった、

己の魂を"護る"剣の使い方を。

しかし、護るどころか堕ちて行くばかりだ。

胡蝶は羽をもがれ居場所さえも見失ってしまった。



「戻りたい」
──否、

「(…進み、たい。)」

戦争無き優しき世界に



暗闇の戦場に立ち尽くす私達の瞳に光など無かった。

ただただ、失望感と虚無感に襲われるだけ。


私は銀時の隣へと重い足を動かして、軋む身体を彼の背中へと寄せ預けた。



「傷、痛むか?」

「まあね。でも此れくらい平気よ、片目をもっていかれた高杉に比べたらね」

「…ならいいけどよ。しっかし将来どっかの嫁さんになる女が、そんな傷だらけでどーすんだよ」

「──は?」

「だァから心配すんなって。俺達にだって未来はあるぜ」



神様そこまで不平等じゃねーだろ、と声を漏らしながら彼は歯を覗かせる。


戦争は終わり私達が今やっている事は無になるが、その先にはきっと優しい世界が待っているのだと。

未来はちゃんとあるのだと。


銀時に言われると何故だかそんな気がしてしまうから、末恐ろしいものだ。

私は彼の背中に体重を全て預けると、その温もりを直に感じた。



「ばか銀時…!責任取ってよね」

「はいはい。そん時俺も姫もフリーだったらなー」

「あんたは一生フリーでしょ」

「ちょ、酷くねっ?」



くすり、思わず緩む頬。


羽を無くした胡蝶は独りで舞い上がることが出来ずとも、それを誘う甘い蜜がある限り。

隣に支えがある限り。そうだ、私は何度だって舞い上がろう──。



「ねぇ、銀時、」

「あァ?今度は何だよ」

「私ね、あんたのこと嫌いじゃないよ」

「……何それ、好きってこと?」



別にそうは言ってないでしょ、と笑う私に、銀時は不満そうに口を尖らせて。

姫、素直に好きって言いなさい!
なんて無理矢理にも頭を胸板に押し付けられた。

自然と笑いが零れて、胸がじわりじわり温かくなる。



「……大好きだよ、銀時、」



独りじゃないと教えてくれたのも、辛い時笑顔を取り戻してくれたのも、──思えば全て貴方だった。

隣にいてくれた、笑い掛けてくれた、私は縋るようにして銀時の胸に顔を埋める。

そんな私を銀時は姫は泣き虫でしょーがねェな、と抱いてくれて。



「…バーカ。こっちはずっと前からお前一筋だったっつーの」



──ほら、何時だって、欲しい言葉をくれていた。







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