其れは、哀しみですらない「姫」 誰かが私の名を呼んだ。 瞳に微かに映ったのは、見覚えのある銀髪。 いつもは輝いているそれも、今日は何だかくすんで見えて。 「銀時…」 涙を見せたくないからなんて、そんな単純な理由ではない。 ただ、振り返れば、総てが崩れ去ってしまう気がした。 「……振り返らなくていい、おめーは前だけ見てろ」 「銀時、」 どうしてだろう、貴方の名前を呼ぶことしかできない。 大好きな銀時の名前を呼べる、それは私にとって幸福なことなのだけれど──、 「私は結局…誰も、護れはしなかった」 今だけは、貴方じゃない名前を呼びたいと願う。 しかし、それに応えてくれる声はもう一つもなくて。 こんな結末、誰も望んではいなかったのに……。 姫は銀時に背を向けたまま、声を押し殺して泣いた。 血に紅く染まった掌で顔をそっと包み込めば、生温かい感触が、それと同時に嫌という程伝わって来て。 そして思い返すは、あの、悪夢。 「くそっ、姫!こっちは無理だ。そっちはどーなってる…!?」 「駄目だよ……ッ、こっちも囲まれてる」 「っ…やるしかねェのかよ…!」 銀時は奥歯を噛み締めると前を見据えた。 どうする、どうすればいい? こんな、まるで勝ち目の見えない戦い…… 「やりましょう!どうせ通らねばならぬ道でしょう」 答えに戸惑う私達の背で、同じ志を共に抱いた仲間達がしきりと叫ぶ。 そして、強く刀を握った。 迷いは振り払った、筈だった。 「行こう、銀時」 「あぁ。…おめーら、絶対死ぬんじゃねェぞ」 しかし、その言葉は虚しく。 私が刀を振るっている間にも、目の前で仲間が切り捨てられて行く。 飛び交う鮮血。 地に放り捨てられた肢体。 響く断末魔の叫び声。 ──それは、まるで私を嘲笑うかの如く。 「だれ、か…」 気付けば、日の出。 「ねえ、みんな……っ」 気付けば、二人。 この疲れきった体を地に落ち着かせることも儘ならない。 理由は明確、そこには無数もの仲間達が横たわっていたのだから。 凍てつくような風が身体に纏わりつき、血生臭い匂いが鼻をつく。 寒々しい夜は明け、昇る朝日はこんなにも美しいのに、私達の心は冷えきって行く一方だった──。 「どうやら俺達ァ、とんでも無ェもんを背負わされたみてーだな」 「……うん、そうだね、銀時」 まるで何もかも失ったかのような脆弱な声を絞り出す、彼と、震えながらに虚勢を張った、私。 しかし此の押し殺した涙の止め方を、私は知らない。 (それは、哀しみですらない。) 私達に課せられたそれは、無力という名の絶望だった。 ←back |