リーン。どこかで鈴虫が鳴いている。
ついこの間まではうざったかった夏の暑い空気が、いつのまにかカラッと爽やかな秋の空気に変わっていた。
湿度が高くて不快指数が上がる一方の日本の夏と違って、イタリアはいくらか過ごしやすい。暑いことに変わりはないけど。
「もう、秋なんだ…」
部屋のバルコニーから見下ろす深い森の木々は、いつのまにか黄、赤、茶といった鮮やかな色に変わっている。
そういえば、こうやって静かに景色を見渡すのは久しぶりなのかもしれない。
後ろを振り返れば、ずっと住み続けたあたしの部屋。幹部補佐だから、いくらか上等な部屋に住まわせてもらっている。
でも、洋服ダンスは空っぽで、ベッドもシワひとつない。ついでに家具はもともと置いてあったものばかりだ。
あたしは今、いつもの黒いコートを脱ぎ捨て、白いカーディガンを羽織っている。手には必要最低限のものを詰めたトランク。
さぁ、これからどうしよう。
ここから飛び降りて逃げるのも良し。出掛けるのを装って出ていくのも良し。
でも、ボスに見つかったら連れ戻されちゃうかも。
そのとき、ギィッと奥の方で扉が開く音がした。誰か来たのかな?もしボスだったら今すぐここから飛び降りなきゃ。
だけど、その人はボスじゃなくて、あたしがずっと補佐をしていたスクアーロ隊長だった。
「どこに行くつもりだぁ?」
「気晴らしに、散歩にでも行こうかなって」
「…てめぇは嘘が下手になったなぁ」
「隊長はあたしの嘘を見抜くのが巧くなりましたね」
「………行くのかぁ?」
ヴァリアーの掟。それは、一度入隊した者は死ぬまで辞めることが出来ない。
入隊すると、組織だけが知る極秘情報とかを知るから情報漏れがないように。それとヴァリアーに入隊出来るほど実力を持つ者を、他のファミリーに渡さないため。
ヴァリアーから出て行こうとした者は……その人たちの最期は知らない。
いつのまにかいなくなっていたから。だけど、それは出て行ったからじゃなくて、きっと…。
「隊長は、あたしを殺しに来たんですか?」
「…………。」
長い沈黙が流れる。隊長があたしを殺すって言ったら、あたしは迷わず受け入れるかもしれない。だって…あたしがここから出て行く原因は、貴方にあるから。
「…なぜ、ここから出て行く?」
「……隊長、あたし辛いんです」
「人殺しがかぁ?はっ、今さらだなぁ」
「…隊長を見ていると辛いんです」
隊長、貴方を見ていると心臓が痛いんです。貴方を想うと夜も眠れないんです。
隊長、貴方の存在が眩しすぎて目を開けていられないんです。
上司と部下の恋なんて叶うわけない。あたしと隊長はお互いの性欲を処理し合う関係。簡単に言えばセックスフレンド。
最初はそれだけでいいと思っていた。だけど、あたしは…愛を求めるようになった。
愛のないセックスなんて嫌。隊長に抱かれるたびに思っていた。だけど、それを告げたら隊長とあたしの関係が終わってしまうと思ったから、言えなかった。
あたしに残された選択は…ここから逃げることしかなかった。
「隊長、あたし隊長のことが好きなんです」
そう告げて、あたしはバルコニーから飛び降りた。あたしの名前を叫ぶ、貴方の声を聞きながら。
落下する速度が速すぎて
(最後の言葉が聞き取れない)
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続編を書きたいです。まだ未定ですが←
by 真 白
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