「んまーっ!どうしたのよ!?」
「うるせぇ。空きベッドはねぇのか?」
「あ、あるけど…」
ったく、心配かけさせやがって。…見たところ軽い脳震盪だなぁ。そういやぁ、雨芽をこうして運ぶのは二回目だ。あの時も心臓が止まるかと思ったぜぇ。
「ふふっ、そんな顔のスクアーロ久しぶりに見たわ」
「あ゙ぁ?」
「心配しなくっても、雨芽ちゃんはすぐに目を覚ますわ」
…どうやらオレが考えていることはルッスにはお見通しらしい。まぁ、オレの気持ちを知ってるからってのもあるが…どこでどうバレたんだぁ?
「…まだ雨芽ちゃんとは気まずいままなの?」
「まぁな」
「前にも言ったけど、無理して気持ちを隠すことないのよ?」
「…オレが身勝手な行動取って雨芽に迷惑がかかったらどうする」
「はぁ。スクちゃんってどうしてそう堅く考えちゃうのかしら」
「よけいなお世話だぁ」
ぐちぐちうるさいルッスはほっておいて、雨芽を見つめる。さっきより大分落ち着いてきたみてぇだな。
スルッと雨芽の髪に触れる。いつのまにか伸びていた長い髪。本当はオレがこうして触れることは許されねぇんだろうな。せめて今だけ、こいつが眠っている今だから触れられるんだ。
「…今のままのあなた達を見ていても苦しいだけだわ」
「………。」
「どうして先のことばかり考えるのかしら?そもそも教師と生徒の恋の何がいけないのよ」
「いろいろあるだろぉ、贔屓しちまうとかよぉ」
「…あなた達はそんなことしないわよ。スクちゃんは、雨芽ちゃんを女としても愛しているし、生徒としても愛しているでしょう?」
「まぁな」
「いい?大切なのは未来じゃなくて今なのよ?うかうかしていると雨芽ちゃん、他の男に取られちゃうわよ!」
ルッスの言葉を聞いて、真っ先に浮かんだのがフランだった。さっきのフランには驚いたなぁ。だが、フランの気持ちも分かる。
雨芽をさんざん傷つけておいて、これだからなぁ。フランもきっと雨芽が好きだ。…だけどよぉ、渡したくねぇって思ってしまうオレがいる。
本来ならオレは雨芽の幸せを願う立場だ。しかし、それと同時に雨芽を自分のものにしたいという想いもある。…いつからだぁ?こんな風に雨芽を想うようになったのは。
気がついたら、毎日雨芽を目で追っている自分がいた。最初はただ、問題児だからだろうと思っていた。だけど…どうしてだろうな。確か、あの時の出来事がー…。
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―1年生・夏―
「スクせんせー毎日補習お疲れさん」
「誰のせいだと思ってんだぁ?誰の」
「あたし?」
「当たり前だぁ」
ったく、こいつの脳みそはどうなってんだぁ?こいつのおかげでせっかくの夏休みがパァだぜ。
「いいかぁ?オレは今から職員会議がある。オレが戻ってくるまでに、これ、全部解いておけぇ」
「えぇー!!!先生の鬼ー!鬼畜ー!」
「なんとでも言え」
「カス鮫ーアホのロン毛ーヘタレー」
「うっせぇ!」
まだぶつぶつほざいている雨芽を放置して、オレは職員会議が行われる会議室に向かった。
「ったく、かったりぃ」
一時間ほど続いた会議もようやく終わり、オレは雨芽がいる教室に戻る。あいつ、ちゃんと問題解いたのかぁ?すぐに目を離すと逃げ出すからよぉ。…まさか逃げたとかねぇだろうなぁ?
「ゔぉおい!ちゃんとやって…んの、か」
教室の扉を勢いよく開けると、机に顔を伏せて眠っている雨芽がいた。あ゙ー…流石にこれは考えてなかったなぁ。
雨芽を起こそうと、雨芽が眠っている机の横に腰掛ける。そういやぁ、こいつの顔ちゃんと見るのって初めてかもなぁ。
サラリと風に揺れる黒髪。伏せている長い睫。透き通るような白い肌。そしてひときわ目立つピンク色の唇。気がついたらオレは、指でその唇に触れていた。
「ゔぉ!?な、なにやってんだぁ!」
慌てて手を戻す。落ち着けオレ。相手は生徒だぞぉ!?しかもあの雨芽だからな!!ぐわわわぁっと一人で奮闘して髪をかきむしる。
「んー…」
その瞬間、雨芽の声がしてビクリと肩が揺れる。…なんだぁ?寝言かぁ?…ったく、驚かせやがってよぉ。
「ん、…ーすくあろ、せんせ…」
「んな゙っ」
今のは反則だろぉ!って、オレ生徒に対してどういう感情抱いてんだぁ!?だけどこれは仕方ねぇだろ。あれだ、一種の気の迷いってやつだぁ。オレが気にすることねぇ。
「んーん?スク、先生?」
「…起きたかぁ?」
「…どした、顔、赤いよ?」
「な゙!?……雨芽!お前は課題さらに10ページ追加たぁ!」
「へ!?なんで?なんで?」
「なんででもだぁ!」
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…よく考えればオレって単純なのかもしれねぇ。だけど、それから雨芽を女として見るようになって、いつの間にかこんなにも惚れちまったわけだ。
「ルッス、オレは戻るぜぇ。雨芽が目覚めたときは、オレが運んだことは内緒にしておいてくれぇ」
「…いいけど、これじゃあ2人とも幸せになれないのよ?わかってる?」
「ん゙ 分かってる」
「…………はぁ、分かったわ。スクちゃんに任せるわよ」
「すまねぇな」
オレはもう一度雨芽の髪を撫でて、保健室を後にした。
「まったく、スクちゃんは、素直じゃないわねー…」
スクアーロが雨芽ちゃんを大切にするがゆえに、気持ちを伝えないのは分かるけど、果たしてそれが雨芽ちゃんが望んでいることなのかしら?
スクアーロも雨芽ちゃんもきっとこんなこと望んでいないわ。…同じ教師として、本来なら二人の気持ちは諦めさせるべきなんだろうけど、二人を見ていたらどうしても応援したくなっちゃうのよねー…。
最初は雨芽ちゃんがただ、スクちゃんを好いているだけだと思っていたけど…スクちゃんもだったなんてねぇ。
三学期にスクアーロの話を聞くまで確信は持てなかったもの。スクアーロが雨芽ちゃんを特別な目で見ていることは知っていたけど、まさか恋愛対象だったとはねぇ。
…これからあの二人が幸せになるよう、ただただ、あたしは見守るしかなさそうね。
「んーここ、どこ?」
「あらま、目が覚めたのね!」
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11/07/28
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