目の前には数枚の紙。去年だったら、この紙には大きな赤文字で「補習」と書かれていただろう。だけど、今年は違う。全ての教科で補習を免れたのである。
冷静にポーカーフェイスを気取ろうったって無駄だ。ぴくぴくと震える頬の筋肉が痛い。笑い叫び回りたい衝動を抑えて、夏真っ盛りとなる青空を見上げ、これからの休みに胸を弾ませていた。
「…なに現実逃避してるんですかー?」
「ん?現実逃避?」
「よく見て下さーい。これ」
「…蓮野雨芽、授業出席日数不足のため夏期補習を行う」
…神様、冒頭でのあたしは何だったのでしょう?かっこよく決まったと思っていたあたしは、馬鹿だったのでしょうか?英語のテスト用紙の下に書かれた補習通告の文字。授業終了のチャイムが鳴り響くと同時に、あたしは教室を飛び出し、走り出した。
学園のみんなは、これから訪れるであろう夏期休暇に胸をどきどきっ!とさせているだろくけど、あたしは違う意味で胸がどきどきっ!だよこの野郎。ちゃんと授業の単位は取っていたはず。なのに…考えられるのは一つ。そのことを確かめるために、あたしは重たい扉を押し開けた。
「どーいうことですかっ!?」
「あ゙ぁ?主語を言え、主語を。それから入室の際はノックするのが常識だぁ。出直して来い」
「ああ、それはすみません」
扉を閉めて外に出る。…ん?いやいやいや、そうじゃなくって。あたしがこの部屋に来た意味は?「生徒指導室」と書かれたプレートがあるこの部屋に来た意味は?とりあえず、ノックをする。低い濁音のある返事を聞いて扉を開ける。そこには、偉そうにふんぞり返って書類に目を通すスクアーロ先生がいた。
「って、そうじゃなくて!!これだよ、これっ!」
「ん゙?あ゙ー…ま、休みの間も学校に来ることだなぁ」
「あたしちゃんと必要な単位は取ったはずなんですけど!」
「いいじゃねぇか、少しぐらい」
「意味が分からない!この夏こそはあたしと食堂のランデブーが始まるはずだったのに!」
はぁ、とため息を漏らす先生。ため息したいのはこっちなんだけど…。この夏こそは、去年やりたくてもやれなかったことをしようと思っていたのに。パン屋さんのバイトの面接だって受かったのに。フランとベルと一緒に海に行こうねって約束したのに。
「雨芽。」
名前を呼ばれて先生の方を見ると、クイクイっと指を動かしてこっちに来いと合図をしてきた。…猫じゃないんだから、そんなことしなくても行くんですけど。しぶしぶと先生に近づいた瞬間、グイッと強い力で腕を引っ張られ先生の胸板にダイビングした。
「せせせせせ先生?」
「察しろよなぁ」
「え?」
「こうでもしねぇと、夏休みは逢えねぇだろ?」
…っていうことは、先生はあたしと逢うためにわざとこういうことしたの?チラッと見上げた先生と目があったけど、すぐにそらされた。もしかして先生、照れてる?…こんな先生初めて見た!え、えっ!そんな先生をちゃんと見たくて、先生の膝の上に乗っている状態から、立て膝をして先生を見下ろした。
「先生、照れてるの?」
「あ゙ぁ?」
「そんなことしなくても、先生には逢いに来るのに」
「…………。」
ポカーンとする先生に対して、ふふんっと勝ち誇った顔をしてやった。先生と付き合うようになってから、分かったこと。先生はあたしを膝に乗せるのが好き。先生は不意打ちに弱い。先生は…数えだしたら切りがないかも。あたしだけが知ってる先生。なんだか、特別って感じがして嬉しい。
「ったく、かなわねぇなぁ。」
「ひゃっ!」
フッと先生が笑ったかと思うと、いきなり首に顔を埋めた。くすぐったいというか、なんというか…なんとも言えない感触が首に伝わる。チクリとした痛みと共に、つつーっと首筋を這うざらざらとしたもの。それが舌だと分かるのに、数秒もかからなかった。
「っ、先生…誰か来ちゃうかも」
「お前以外の真面目な生徒は全員、終業式だろうなぁ」
「うぅ、卒業まで待つって…」
「そりゃあ、ここの話だろぉ?」
先生の親指があたしの唇に触る。ふにふにと潰されて…なんか、変な感じ。…キス、してほしいかも。………って!何考えてんの!?いいいいいつからあたしはこんな変態に!?…でも、卒業までキスのお預けは少し…寂しいかな。
「しししっ、先生が生徒に手を出していいのかよ」
「いけないと思いますよー」
…はぁ!?ばっと、声がした先を見ると扉の先にはベルとフランが立っていた。今、あたしは先生の膝の上に…って…ええええ!?ちょ、こんなとこ見られるなんて…!?しかもベルとフランに!いや、ベルとフランだったからまだよかったのか。
「邪魔すんじゃねぇぞぉ、二人とも」
「終業式サボって生徒とイチャつく先生には言われたくねーよ」
「というか、終業式終わっちゃいましたよー?」
ベルの言うとおりです。なぜかベルはあたしとスクアーロ先生が付き合ったことを知っていた。ベルは勘が良いからなー…。そんなこんなを考えていると、ひょいと先生の膝から下ろされた。
「王子腹減ったんだけど」
「今日は確か食堂は昼まででしたよねー」
「え、だったら急がなきゃ!」
昼食を食べ損ねるなんて、考えただけで死んでしまう。急いで食堂に向かおうとしたら、先生が大声で、
「明日、朝8時だぞぉ!!!」
どうやら、本気で補習はするそうです。
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11/11/30
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